第51話 復讐の始まり①
一九六五年七月十三日午後四時五十三分。
大阪府東大阪市市民病院で天野四郎は生を受ける。
父親の天野
父親の天野
四郎の両親の教育は世間一般的に見ればスパルタだ。門限は四時まで、毎日三時間の勉強が義務、規定の点数以上を取れなければ飯はなし、それに加えて週五以上は剣道の稽古の日々。
これらに耐えきれなかった兄三人は全員素行不良の青年へと生まれ変わった。特に長男の天野
そんな結果がある教育法を受けたので、四郎も例外なく年齢を追うごとにグレた。それも、恭平寄りに。
窃盗、飲酒、喫煙、賭博、暴行、喝上げ……
未成年が行う基本的な犯罪の大半を警察にバレずに行った。
バレなかった理由の一つとして、彼自身が保有する身体強化の能力がある。足腰を強化する自身の能力は逃走に利用し、度々警官からの追跡から逃れていたのだ。
無論、勝久も四郎の悪行にはそれ相応の対応をした。息子へ飯を出させないように美香子へ何度も伝えたり、四郎の部屋の物を全て売り払ったりなどなど。その都度雷が轟くような声量で衝突し、時には誰かわからなくなるほど顔が腫れるまで殴り合った。
四郎はその環境に耐えきれなくなり、中学二年から恭平の家を当てに家出したのだ。
美香子は何度も帰ってくるように説得したが、聞く耳を持たなかった。勝久からも願うように言ったが、断固として応じない。結果、兄弟たちと共に様子を見ながら恭平に世話を任せることにした。
一九八二年八月五日の昼過ぎ。
十七歳となっても、四郎は仲間と一緒に非行へ走っていた。地頭はいいので成績だけを問うそれなりに良い高校に入学でき、学年の中でも半分以上の好成績を勉学を一切せずに得ていた。
学費は恭平によると、美香子が払っているのとのこと。四郎はそのことに多少の感謝を覚えながらも授業をサボり続けていた。
そして夏休み中の今日、遊ぶ資金が不足したので、路上を歩いていた女子中学生の数人を路地裏に招き入れて喝上げを行っていた。
自分含めた三人で背中を壁につかせるようにして囲い、財布を出すように迫る。
「ほらほら、財布出して」
「ちょっとでいいからさ。人助けだと思って」
「いえ、これからその、お買い物に行くので……」
「いいじゃんいいじゃん、ちょっとでいいから分けてくれよー」
女子中学生たちは引くにも引けず、ただ身を縮めるだけだった。
意を決した一番小さい一人が、少し広く空いている人との隙間から脱出しようと駆け出す。
「おっと、どうしたんだい?」
しかし、身体強化を使用した天野に手首を掴まれてしまった。抜け出そうと細い腕を振り回すがびくともしない。
「イヤ! 離して!」
「離してって言われて話す馬鹿なんていないぜ」
「あっそうだ、ないなら体でもいいぜ」
「おっ、それいいな! ハッハッハッハッ」
自身の処女をこんな外道に明け渡すくらいなら、まだ有り金を全て渡したほうがマシだ。
そう考えた女子中学生らが通学カバンへ手を伸ばそうとした瞬間、路地裏の入口側に近い四郎の仲間が何者かに腹に拳を突き上げられていた。
「カハッ!」
仲間はそのまま腹を抑えて倒れ込む。
間髪入れず、その者は足にスプリングを形成して路地裏の壁を駆使して跳躍し、残る二人を惑わせた。天野が補足した時には、最後の仲間が顔を殴られて昏倒する。
そして、相手の正体がわかった。
学生服を着た男だ。身長は百七十ほど、両手には灰色のメリケンサックが握られている。足にスプリングのようなものが体に接着していることから能力者なのは明白だ。
「クソッ! 邪魔するな!」
足腰を強化して殴り掛かる。だが、相手は四郎の頭上へ跳躍してその攻撃を回避した。
そのまま流れるように踵落としを後頭部に食らう。顔面を地面に強打して倒れ伏した。
少し経って動かないと判断した男はメリケンサックとスプリングを収める。女子中学生に振り向いたところで天野は立ち上がって大通りへ走り出す。
仕留めきれなかったことを察して悔しがる男の顔を脳裏に焼き付け、仲間を見捨てその場から逃走した。
翌日の午後遅く。
四郎は何か嫌な予感を感じ取って遅めに帰路についていた。何かに監視されているような不気味な印象を感じ取って道中何度も後ろを振り返ったが、特に尾行されている様子はない。先日の非行が警察にバレたのかとも疑ったが私服警官も覆面パトカーも見当たらない。
取り敢えず、行く先々の安全を確認しながら家に帰ることにしたのだった。
兄の恭平と一緒に住むアパートへ続く曲がり角で一旦歩みを止める。少しだけ体を出して二階に登る階段を確認すると、色鮮やかなスーツを着ている二人のヤクザが駆け上がっていった。
あのアパートに住んでいる暴力団関係者は恭平しかいない。それを考えると自然にどの部屋に向かっているのかはわかる。
しかし、一つ懸念すべき点があった。あの二人は恭平と知り合いであったがこれ以上ない剣幕な表情を浮かべていたのだ。並ならぬ事情が起こったのかもしれない。
玄関が並ぶ通路へ消えたかと思うと、激しくドアを叩きつける音と怒号がここまで届いた。
「おい!! 天野四郎!! さっさと出てこいや!!」
自分の名前が呼ばれたことに驚いた。まさか、ヤクザを怒らせたほどの行為を無意識に行ってしまったのだろうか。
「お前さんがやったことは全部わかったとるんや!! 大人しくはよう出てこいや!!」
天野はここ最近の自身の行いを振り返ったが、明らかにヤクザと絡んだ物事は思いつかなかった。
するとポケットに入れていた携帯電話の着信音が鳴り響く。無意識にスピーカーを抑えて音量を絞り、発信者を確認すると恭平からであった。
「四郎、お前やってくれたな!!」
一言目から訳がわからなかった。ひとまず、何が起きているのか問う。
「何をだよ? そもそも何があったんだ?」
「今は時間がない! 今どこだ?」
「家の近くだよ。ヤクザが怒鳴り込んできている」
「お前っ、今すぐそこから離れろ!」
ますます何が起きているのかわからなかった。一旦、なぜかここから遠い駅の改札で落ち合うことになった。
改札について早々、先に待っていた恭平から電話の一言目と同じことを言われる。
「お前!! よくもやってくれたな!!」
「な、何がだよ?! 一体俺が何をしたってんだ?!」
「お前が組長の娘を喝上げしたせいで俺はもう死んだも同然なんだぞ!!」
その一言で全てが理解した。同時に、とてつもない罪悪感と後悔の念が押し寄せてくる。
兄が所属する組長の娘と知らずに、自分は喝上げ未遂をしてしまった。金品は奪えずに撃退されたので未遂とは言えども、喝上げは喝上げ。詳しく話を聞くと組長は娘を溺愛しているらしく、それがことの重大さを更に増してしまう結果にしてしまった。
今現在、兄のアパートと実家、四郎の学校は四六時中監視されている。恐らく、合鍵によってアパートの部屋から金目の物は根こそぎ奪われているだろう。
そして暴力団組織は人員の一部を捜索に回している。暴力団組織故に警察等を頼れないのは幸いだが、それでも地元にいられないという事態は非常にまずい。
四郎は住居を失っただけだが、恭平においては現金などを失ってホームレス同然の状態に持ってかれてしまったのだ。
「どうしてくれんだ!! お前の!! お前のせいで!!」
恭平は退勤ラッシュの群衆の中にも構わず四郎の足元に泣き崩れる。
四郎はどうしていいかわからず、その場で呆然と立ち尽くしてしまった。
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