第29話 雷神との戦闘①

 吹き飛ばされた衝撃によってアカツキは冷静さを取り戻した。素早く起き上がって距離を取り、今自分が何をするべきなのかを考える。


 その隙を与えまいとミハイルが雷撃を飛ばす。しかしアカツキには軽い衝撃が全身に走る程度だった。


「仕方ない、火力を上げるか」


 ミハイルはそう呟いて、相手がただの蛮族ではないと意識を改める。

 アカツキは距離を詰めて右掌をミハイルへ向けた。二人の間を分けるように分厚いコンクリートの壁が一瞬で生成されえる。


 無理にミハイルと戦闘する必要はないと考えたアカツキはすぐに特別収容室へ駆け込む。

 しかし電子ロック付きの対能力自動ドアが行く手を阻んだ。素早くC4爆弾と起爆装置一式を生成してドアに貼り付ける。


 突如、轟音が鳴り響き、コンクリートの壁が横に真っ二つに割れた。

 斜めに割れた上部が滑り落ち、ミハイルが短くなった壁を跨いで迫る。


「……おいおいおい、こいつ改造されてんじゃないだろうな?」


 能力者といえども、全員が超人的な力を保有する訳ではない。むしろ指先から火を少しだけ出せるとか、大気中の水蒸気を集めてウォーターサーバー並みの火力しか出せないなど、日常生活のプラスアルファ程度にしかならない能力が大半である。


 しかし超常的な能力者でも瞬時にコンクリート壁を真っ二つにできる者はそうそういない。それに爆発などの物理的破壊が容易な能力ではなく電気である。ただ者ではないのは明らかだ。


 アカツキは電気を飛ばしてくるミハイルの新しい対策として、右手に細い金属棒を何本か生成した。


 ミハイルの両手は岩を片手で持つような形で開いており、指の間で空中放電が起きている。その両手をアカツキへ向けて間隙を与えずに十本の指から青白い雷を走らせた。


 しかしアカツキは反射的に握っていた一本の金属棒を投げつける。棒に雷撃の一部が吸着されたのを皮切りに、アカツキは全力で走ってミハイルとの距離を詰めた。


 青白い線が地面と天井に張り付きながら、時には瞬間移動するようにしてアカツキへ迫る。

 しかしアカツキは右手に持っている金属棒を適当にばら撒き、雷撃を吸着させて攻撃を防いだ。


 アカツキは金属棒を全て投げ捨てて、左手に嵌めているグローブのバッテリーのスイッチを押してエーテルを送り込む。


 ミハイルは放電を止めて近接戦へ移行する。

 鼻から空気を吸い上げて口から吐く行為を小刻みに行って体をリラックスした。姿勢を真っ直ぐにして足を動かして絶えず移動する。上官から叩き込まれたソ連の軍隊格闘術『システマ』を始めた。


 アカツキはグローブをミハイルへ向けて触れずに体組織を分解しようと試みる。


 ミハイルはグローブに何か仕掛けがあるのを察知していた。グローブの前にいないように左腕を掴んで受け流し、がら空きの横腹に渾身のパンチをお見舞いする。


「うっ!」


 アカツキは軽くうめき声を上げた。すかさずズボンに装着していた軍用ナイフを手に取ってミハイルの横腹に刺そうと振りかざす。


 ミハイルはそれも見切り、パンチしたばかりの右腕でそれを防ぐ。そのままアカツキの左腕を伸ばし、右腕を後ろに回して両腕を拘束する。押し倒してうつ伏せにさせて背中にミハイルが馬乗りする形を取った。


 アカツキは暴れて拘束を解こうとするが雷撃を流して阻止しようとする。それでもなかなか動きは鈍らない。


「もう少し、大人しくしてもらおうかなっ!」


 ミハイルは出力を強くした。その強さに思わず顔をしかめさせて呻吟しんぎんする。


 アカツキは手首の力だけでナイフを床に放り投げた。ミハイルがそれに気を取られた瞬間、空いたアカツキの右手から鉄骨が伸びる。

 鉄骨はミハイルの腹を突いた。しかしミハイルは根性で何とか痛みを抑え込んで拘束を解かない。


 強引にでも拘束を解きたいアカツキは力尽くで鉄骨の生成を続ける。

 何としてでも抑えなければならないミハイルは呼吸を一定に保ちながら電気を流してアカツキに逆らう。


「クッソがあ!」

「くっ……うっ……!」


 この張り合いで先に音を上げたのはミハイルだった。いくら特殊部隊スペツナズの訓練過程で根性を叩き上げられたとは言え、重く強い衝撃に長時間耐えることは厳しかった。


 ミハイルはすぐに拘束を解いて特別収容室側へ転がる。素早く体を起こしてアカツキが掌から切り離した鉄骨に、側雷撃を狙って過剰な出力の雷撃を放った。

 起き上がったアカツキはそれを見透かして新たに生成した金属棒を放り投げた。青白い雷撃は鉄骨から金属棒へと空気を伝播して通電する。


 バッテリーを切ったアカツキは距離を詰めてまたもや近距離戦を仕掛ける。ミハイルもシステマを再開した。


 アカツキは右手を伸ばしてくる。アカツキの左手が分解、右手が生成と分解を担っていると、ミハイルは戦いの中で見極めていた。

 先ほどと同じ様に腕を掴んで受け流そうとする。

 しかしアカツキはそれを読み、掴まれないように避けてミハイルの軍服の固い襟を握る。


 ミハイルは咄嗟にアカツキの腕を掴んで雷撃を放つも威力不十分だった。

 そのままミハイルの右腕のくるぶしを強く握る。腰を低くしてミハイルを背中に乗せた。


 アカツキは勢いよく体を回し、固い廊下の上で背負投げを決めた。

 受け身を知らないミハイルは大きい音を立ててもろにダメージを受けてしまう。


 しかしミハイルは背負投げを食らってもアカツキから手を離さなかった。

 相手の行動を察したアカツキは腕を振り回して解こうとする。しかしミハイルは意地でも離さない。


 もう片手で腕を分解しようと掴みかけたその時、アカツキに渾身の電撃が流れた。


「ガッ……ァ……」


 コンクリート壁を割るほどの威力は、アカツキでも無事では済まされなかった。気を失って操り人形の糸が切れたようにミハイルへ倒れ伏す。


「ふぅ……しつこいぞ」


 早く彼女の安否を確認しなければ。


 アカツキを跳ね除けて立ち上がり、特別収容室へ足を運ぶ。


「うっ!」


 突然、ミハイルの右肩に麻酔弾のようなものが突き刺さる。

 ミハイルは腕を回して素早く引き抜いたが、その中に込められていた液体は既に体を周回し始めていた。


 後ろへ目を向けると、群青色の髪を持つ隻眼の男が床に伏してドラグノフ狙撃銃を構えていた。


 反撃しようと腕を伸ばした瞬間、体が蹌踉めいて視界が朧げになる。


 気をしっかりしなければ。追手が来て、あの人に何かあれば、一生後悔してしまう。


 しかし最後まで抗えず、そのまま理性と共に深い眠りについた。

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