第24話 メデューサ

 変電施設の建物にある電圧室に侵入した玄蔵は背負ってきた二つのショルダーバッグを下ろして次々とC4爆弾をそこら中に設置していく。


「玄蔵、あんた一人で設置できるわよね!?」

「俺を何だと思ってんだよ! それくらいできる!」

「じゃ、私は荒らし回っとくから! 終わったらそのまま次の建物に行って!」


 リザはそう言い残し、玄蔵を置き去りにして荒らし回る。

 複雑な廊下から迫りくる武装した兵士たちに笑顔で自身の鎌を振るう。刈られてしまった者はその場で倒れ、鮮血すら出さず気を失うようにして死亡した。

 

 次に差し掛かる長廊下の角へ勢いよく飛び出す。

 するとリザの進行方向に一人の男が予想通りというような顔で待ち伏せていた。癖がある緑色のミディアムという髪型、白いポロシャツ、黒のスラックスにサングラスという南国を思わせるようなスタイル。

 女を弄んでいそうな奴だという印象をリザは勝手に抱いた。同時に相手が丸腰であることからそこらの兵士とは違う存在だと推察する。


「いやぁ、こんなところに女の子が迷い込んでいるなんてね。僕と一緒に安全な場所へ行こうか」

「あんたみたいな女たらしは嫌いなの。さっさと私の養分になりなさい」


 男の手招きにリザは吐き捨てるように拒否した。


「そうか、残念だな。タイプなのに。なら強引にでも奪っちゃうしかないね」


 先ほどまで柔らかかった男の目が獲物を狩る目に豹変する。その変化はサングラス越しでも感じ取れた。


「そ。じゃあ私は強引に地獄へ送ってあげるわ」


 リザは右手に鎌を持ったまま、相手に察する隙も与えずに踏み込む。

 その時、リザは男の髪から何か異変を感じた。男の緑色の髪の毛は徐々に伸びてまとまり、十匹の蛇が形成される。


「キャアアアア!! ああああああああんた!! 何そのキモイ蛇出してんのよ!! 早く仕舞いなさい!!」


 爬虫類が大の苦手なリザは発狂して無意識に後退りしてしまう。


「キモイなんていわないでくれよ。毛嫌う君を僕のものにする唯一の方法なんだ。大人しく『はい』って言ってくれればいいのに……」

「あんたみたいなキモイ蛇男に、誰も近寄るわけないでしょ!!」

「じゃ、強引にでも捕えようか」


 男はリザの腹へ目掛けて三匹の蛇を向かわせた。リザは鎌を素早く硬質化して緑髪の蛇たちを刈ろうとする。


「ガッ……!」


 しかしリザが刈るよりも先に蛇がリザの腹に到達した。想定外の威力に体を軽く飛ばされてしまったが、細い足で堪えてなんとか膝を地に着けなかった。すぐに鎌を構え直そうとするが咳き込んでしまう。


「三発お腹を叩かれてその調子かい? ほらほら、まだまだいるよ」


 同じく男は三匹の蛇をリザの方へ向かわせる。到達する間にリザは左手でソウルを掴み、口に運んで身体を強化した。


「どうしたんだい? 急に空気を掴んで食べて」

「うっさいわね、このたらし」

「そうゆう君も口が減らないね」


 しかし男が言葉を切った瞬間、腹先まで迫っていた蛇は地面に落ちて野垂れ回っていた。緑色の髪の毛へ戻ってその場に散乱する。


「へえ、君の能力面白いね。鎌に変な目が付いてたり、蛇が切れたりと不思議だな。教えてくれよ」

「チャラ男に教えることなんてないわ。あんたも斬った蛇がすぐに再生してくるとか、毛根強そうね。そこだけは褒めてあげる」

「ありがとう。じゃ、本気出そうか」


 三匹の蛇を瞬く間に回復し終えた男は七匹をリザに向かわせる。

 リザは素早く動いて三匹ほどは切り刻んだが、残り四匹の攻撃を許してしまった。腹に一発、次に鎌を叩き落とそうとするが蛇は通過して空振り、左足へ巻き付いて足を上げて隙を作り、最後の一発で横腹を叩く。


 吹っ飛ぶ瞬間に左足の拘束も解かれたため、リザは廊下の壁に衝突する。うめいている顔の右顳顬こめかみに傷を負い、血がつぅっと頬を撫でる。

 男はすかさず二匹の蛇でリザの足首を掴む。そのまま足首を上げてリザの頭を下向きにする。


 リザの黒くて短いスカートの端が重力に従って捲れた。履いている黒色のニセパンが露わとなって顔が一瞬だけ赤くなるが、すぐにあいつの性癖かと理解して冷静さを取り戻す。


「何? そうゆう趣味なの?」


 リザは右手を一切動かさずに鎌の持ち手を伸ばした。男が虚を突かれているうちに柔らかい手首を振り回して足元にいる二匹の蛇を切断し、床を転がって距離を取る。


「もうお遊びは終わりだよ」


 そう言うと、男は掛けていたサングラスを上げる。猫のように細長い動向を持つ目付きが悪い黒目が現れた。


「君の鎌を持っている手、見てみなよ」


 男に言われて右手へ視線を移す。鎌を持ってる右手から徐々に石化し始めていた。


「きゃあああああああああ!! あんた! 今すぐ止めなさいよ!」


 リザは視覚効果で石のように重たいと感じる右腕を振り回しながら発狂する。


「君は今から僕の芸術作品に生まれ変わるんだよ」

「嫌よ!! そんなの絶対嫌!!」


 リザは早くこの男を殺してしまおうと駆けて間合いを詰める。

 男は何匹も頭の蛇を伸ばしてくる。しかしリザは廊下の壁と天井を駆け抜けながら攻撃を回避して全ての蛇を両断した。


 男が持っていた蛇を全て切断したことことから攻撃はないと信じて、首筋に鎌を素早く伸ばす。


 しかしリザは男の蛇の再生能力を侮っていた。瞬く間に復活した四匹の蛇をリザの四肢にがっちりと巻き付けて逆さの状態で拘束する。リザは暴れて拘束を解こうとするがそう簡単には外れない。


「あんった……さっさと! 離しなっさい!」

「そこで大人しく石になるまで待っててね」


 肘を曲げて鎌を振ろうとする。しかし肘まで石化しており、もう曲げられなかった。

 ならば左と思い、右手の鎌を消して左手に鎌を現化し直す。すると右手の石化の進行は中断して今度は左手の石化が始まった。


「ほんっと、何なのよこの能力っ……まるでメデューサみたいね……」

「そうだろう? 能力が発現した頃は気味悪がられたものだ」

「まさか、女の気を引くためにっそんな格好してたのッカハッ!」

「黙れ」


 男はもう一匹の蛇をリザの首元に巻き付いて引き絞り、酸欠を狙う。命の危機を感じたリザは細い体躯全てに力を入れて暴れるが無意味だった。


 頭に血が逆流して手足の感覚が少しずつ麻痺していく。おぼろげに映る視界に笑みを浮かべる男の顔が映っている。


 こんな奴に負けるのか。もう少しマシな終わり方がよかったと、日頃から信じていない神を呪う。


「おらぁ!」


 突如、玄蔵が後ろから現れて男の後頭部を拳で殴った。男は不意を突かれて体のバランスを一瞬だけ失うが、すぐに立て直して一匹の蛇を伸ばして巨体の玄蔵を遠くへ突き飛ばす。


 しかしリザは拘束が一瞬緩んで石化の進行が止まったのを見逃さなかった。素早く鎌をムチに変形させて脇を動かすようにして腕ごと振るい、拘束している蛇を切り刻む。


 地に足をつけると、一呼吸すら置かずに体内に残った酸素全てを使い切って男に突貫する。


 男は髪の蛇をありったけ伸ばしてリザとの距離を保とうとする。

 リザは姿勢を低くして体を回転させ、地面と背中が接しそうなほどの低空で跳躍した。

 男が何度蛇を再生して阻止しようとも、空中で回転しながら接近するリザに切り刻まれるだけだった。


「うわあああああああ! 来るなあああああああ!」


 リザは男の股の下を潜り抜ける形で股間と両足を鎌で切り裂いた。


「ぶっ!!」


 そのまま両足を着けられずにうつ伏せで格好悪く着地する。お世辞でも華麗な着地とは言えなかった。


「いったたた……」


 大きく息を吸い込んで肺に空気を満たし、両手をついておもむろに立ち上がる。男は股から大量の鮮血と糞尿を白い廊下に垂れ流しながら死んでいた。


「なんともまあ、汚らしい死に方ね」


 リザは死体へ唾棄した。


「おーいリザ、大丈夫か?」


 奥で起き上がった玄蔵が駆けつけてくる。


「あんた、爆弾の設置は終わったの?」

「ああ。それよりお前、俺になんか言うこ」

「じゃ、次の建物に行くわよ」


 リザは言葉を遮り、徐々に白い肌へ戻る両腕を後ろに下げて玄蔵の先導を勝手に務めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る