第3章 日本戦争開戦
第17話 戦争準備①
「アメリカにもスフェーリャみたいなもの、出てこねーかなぁ」
「ないものねだっても無駄だぞ」
「わかってるさ」
快晴で風が穏やかなアメリカ南西部の海原。その中の黒い豆粒である巡洋艦の艦隊が猛スピードで小さな実験島から離れている。
そのうちの一隻の甲板で海風を受けながら白衣を着た物理科学者の二人が談笑し合っていた。
「はぁ、これでうまくレッドマーキュリーが爆発してキノコ雲が浮かび上がればいいんだが」
従来の知られている原爆や水爆の起爆には、プルトニウムやウランなどの放射性元素が不可欠であった。放射性元素を用いた核を使うと投下地点への即時進軍や現地統制が行いづらくなる。
そこでソ連とアメリカは研究員を総動員させて放射性元素を使わずに爆発させることができる物質、通称『レッドマーキュリー』を両国が探し求めた。
しかしソ連がエーテルでの開発が完成したため、アメリカのみがその研究を続けることとなる。予算を惜しみなく注ぎ込んで、ついに昨年開発に成功した。本日はそのレッドマーキュリーを使用した初の核実験となる。
「放射線が出ないクリーンな水爆を目指して国が俺たち
「ほんと、笑い話にもほどがあるよ」
巡洋艦が徐々にスピードを落とし始める。すると甲板に二人と同じ白衣を着た研究者が続々と集まってきた。ある者は手すりに掴まり、ある者は三脚を組み立ててカメラのシャッターを握る。ただ一つ共通する点としては、皆が同じ方向の海原を向いていたことだった。
「カウントダウン開始。十、九、八、七、六、五……」
カウントダウンが艦内放送で鳴り響く。
製造に関わった皆はただひたすら実験の成功を祈っていた。
「四、三、二、一、起爆」
海は穏やかそのもので、波は巡洋艦をゆっくりと上下左右に揺らしている。
直後、何もなかったはずの遠くの海から巨大な火球が浮び上った。瞬時に赤い炎と黒煙を立ち上らせる。
それを研究員たちが目視で確認した瞬間、鼓膜が消し飛びそうな衝撃波が轟き白衣が艦と水平になるほどの風が海原に広がった。波は艦を大きく揺らして研究者を海へ放り出さんとする。
上空では局所的で強い上昇気流が島の残骸と海水を巻き込んで、稲妻が
「爆破地点の放射能はどうなっている⁉」
未だ巡洋艦が大きく揺れている中、高齢の研究者が観測班へ怒鳴った。計測班との連絡を待っている連絡係は興奮のあまり口を震わせる。
「ほ、放射線量は正常範囲内です!」
「よっしゃああああああああ!」
「やったぞ!! ついに俺たちも手に入れたんだ!」
「良かった……実験が成功して本当に良かった……!!」
ある者は喜びを仲間と分かち合い、ある者は嬉し涙を流し、ある者は謎のダンスを踊り始めた。
その中で相方と談笑し合ってた一人は、なぜか胸が苦しくなる。
この兵器の使われ方を想像してしまったのだ。
アメリカに抵抗する国が現れたら、ボタン一つでその国の領土が文字通り消し飛ぶ。度々過激発言で世間を騒がせているロナウド大統領ならそれを用意に押しかねない。
そのことを本来の核の使い方と掛け合わせて空想してしまったのだ。原爆開発者の大半が後悔して核反対派に回ったのも当たり前だったのか、と今更になって気が付く。
「どうしたんだ? 急にしょんみりとした顔になって」
「……いや、何でもない」
「そうか。じゃ、喜ぼうぜ」
「ああ」
二人は握手し、共に成功を祝った。
ロナウド・スミス大統領は大統領執務室でその果報を受け取った。
「素晴らしい……素晴らしいぞ! これでソ連に匹敵する兵器を手に入れたぞ!」
熱烈な反共産主義者であり反ソ主義を掲げるロナウドは狂信的に喜んだ。
その様子を見ている報告者のローガン・トーマス海軍元帥はロナウドに対して得体の知れない恐怖を覚える。
この人から核を取り上げなければならない。そう強く思ったが、海軍元帥でしかない彼にはどうすることもできなかった。
「すぐに
核に魅了されているロナウドは
「はい、大統領。どうされましたか?」
「聞いてくれルーク! レッドマーキュリーがついに完成したぞ!」
ロナウドは黒い受話器に大声で話しかける。
「それはおめでたいことですが、ひとまず落ち着てください」
ルーク・ターナーは電話越しでなだめようとする。
「落ち着けるか! アポロの製造はどうなっている!?」
「えー、現在、四機ほど生産ラインの余裕があります」
ルークは早々にロナウドを落ち着かせることを放棄した。
「それら全てレッドマーキュリーを搭載させろ!」
「それは構いませんが、宇宙開発は」
「そんなものどうだっていい! 来たる戦争に向けて全てのミサイル基地に配備させろ!」
「……了解しました。そう指示しておきます」
ロナウドは興奮しながら力強く受話器を振り下ろす。
「おいローガン! もっと詳しく……」
ローガンは電話中に大統領執務室から去っていた。
「失礼します、アンドロポフ様」
白衣を着たアインスは護衛に車椅子を押されながらカリヤ・新エーテル開発応用研究所の応接室に入室した。応接室は温かい紅茶が置かれたテーブルとソファーが二台以外何もない質素な部屋である。
「やあやあアインス君。こんな遠くまで足を運んでくれてありがとう」
同じく白衣を着たカリヤ・新エーテル開発応用研究所所長のユーリ・ユーリエヴィチ・アンドロポフがソファーから立ち上がってアインスを歓迎する。以前より頭髪は白くなっており、体型は変わらず豚のようにブクブクと太っていた。
「いえいえ。わざわざ労いのお言葉をかけて頂き、光栄です」
アインスとアンドロポフは社交辞令を交わし合う。
その間、車椅子を押してきた護衛は一台のソファーを壁端に寄せる。アインスがアンドロポフと向き合いやすくするための気遣いだった。
「もう退室してもらって構わないよ」
「わかりました」
護衛は入り口の前で一礼して面会室のドアを静かに閉めた。
アンドロポフは「よっこらせ」と呟きながらソファーに腰を下ろす。
「久しぶりだねぇ。最後に見たのは……確か君がスヴェトリの所長になる時かな?」
「そうですね。あの頃よりももっと、この力の使い方を見出しましたよ」
アインスはテーブルのティーカップを取って上品に飲む。
「それは何よりの朗報だよ。私の実験は、予想のはるか上の成功になったね」
「成功した人物がもう一人いるのですからね」
「もう二人、成功してくれたら私はこの上ない満足感に押しつぶされていただろう」
アンドロポフは何かを思い出しながら、湯気が昇る紅茶を口にする。
「もう二人、ですか。アンドロポフ様、フェンの居場所はご存知でしょうか?」
アインスは何を思い立ったのか、アンドロポフへ『フェン』の所在について聞く。
「フェン?」
「グズニェッツですよ」
「ああ、あの紅い瞳をした被験体か。知らないが、どうしてそいつの名前を?」
「ふと、懐かしくなってしまって」
「そうか。奴もいたら今頃シュティキへ編入させていただろうのに……」
アインスはもう一度紅茶を啜る。
「そろそろ雑談は終わらして、お仕事を始めましょうか」
「そうだな、そうするか」
二人は持って来た資料をテーブルの面積を仲良く分け合いながら広げる。
「まず、そちらから出していただける隊員は何名でしょうか?」
「私から出せるのは五人程度だな」
「なるほど。そうすると私からは最大で三人しか出せないので八人の
「まあ仕方ない。ソ連人民のみと軍部からそう言われているからね」
「ソ連人民に限定されなければ私から一人、人材を回せます」
「ほう、どんな人物かね」
アンドロポフはその人物に食い付いた。
「現在は日本皇国の諜報員ですが、裏で金を積ませて私的に逆スパイをさせています」
「私的スパイを雇うとは、君も侮れなくなったな」
アインスの昔と素性を知るアンドロポフは心底驚く。
「能力は足腰の身体強化系で、長さが違う三本の日本刀を好むそうです」
「ほう、日本刀を扱うのか。サムライ、と言うんだったかな? しかし聞いた所によると錆びやすく、横からの衝撃に弱いらしいが」
「そこで日本刀の持ち手にエーテルを貯蔵させたバッテリーを内蔵させます」
「なるほど。そこから刀身へ流せばエーテルの永久保持性で錆びもせず折れもしない刃物になるのか」
「おっしゃる通りです」
「世界最強の刃物になるという訳だな。なるほど。時期を見て、適当な所でこっちに呼び込んでくれ。軍部への言い訳はこちらでやっておく」
「了解しました」
その後も調整は順調に進んだ。
小一時間後、二人は仲良く面会室から姿を現した。
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