君がいなくちゃ

またたび

君がいなくちゃ

 ある日、君がいない世界になっていた。

 教室にいつも通り入っていき、いつも通り隅っこの席に座る。

 でも、隣には君がいなくて、違うクラスメイトだった。


「席を間違えてるよ」


 じゃなければ。


「ごめん、僕が間違ってたかな」


 正解はどっちだろう。しかし、クラスメイトはこう答えた。


「どっちでもないよ。この席は私の席だし、その席はあなたの席。それに今言った人の名前……聞いたことないけどクラスにいたかな、そんな人?」


「えっ?」


 ガラッ


 扉が開いて先生が入ってくる。そして教室を見渡しある一言。その一言がさらに僕を追い詰める。


「よし、全員いるな」


「全員……いる……?」


 みんなの中に彼女はいないんだろうか。僕だけしか覚えていないのだろうか。それとも、僕がおかしいのかもしれない。彼女はもしかして……いや、そんなはずないけれど、心が痛くなってくる。


「先生、具合が悪いので保健室に行ってきます」


「そうか」


 そう言いつつ保健室には向かわない。僕はこっそり学校を抜け出し、自転車で道を駆け抜けた。


「なんで……っ、なんで……!」


 僕は彼女の恋人じゃない。

 ただの友達。

 でも、いつのまにか、僕の隣の話し相手が、一番の親友で、それで、もっと大切な人になっていた。

 彼女から見たら僕はただのクラスメイトの一人かもしれない。それでも僕にとっては……!


「なんで……っ、なんで……いなくなっちゃうんだよっ……!」


 告白しようと思ってた。

 勇気がないから何回も後回しにしていて、気が付けば一か月も経っていた。

 でも、それでも、そろそろ言わなくちゃ……言えなかったら後悔することが分かってるから……今度こそ。つぎこそは。

 そう思ってたのに。


「僕はあまり君のことを知らない……」


 いつのまにか自転車からは降りていて、ゆっくり歩いていた。天気は晴天で、僕の心と真逆だからくっきりと僕を映す。あまりに切なくて、後悔する気持ちになる。


「だから君が何処かにいなくなっても、思い当たる場所もない。君がどんな気持ちでいなくなったのかも、何も、僕は知らない」


 喋るだけで楽しかった。

 話の内容は些細なことで、ただのクラスメイトだからそんな込み入った話もなく、僕は君とよく喋ったがそれでも君のことはあまり知らなかった。

 だからこそ、告白しようと思った。もっと君のことを知りたいと思ったから。


「でも……もう……君はいない」


 そのとき、風が一瞬吹いた。そして後ろから聞き慣れた声が聞こえた。そう。


「落ち込まないで」


 君の声が。


「どうして……君はいなくなっちゃったんじゃ……」


「そんなわけないよ。ごめんね、全部私のせいなんだ」


「えっ」


 申し訳なさそうに彼女は話す。


「君の隣の席にいたのは私の友達でね、協力してもらったの。私がこの世界からいなくなった、って君に思わせるために」


「で、でも先生が」


「体調不良で休むって事前に連絡していたから、私を含めないで全員いるってことだと思う。ずる休みしちゃった」


 あらゆる疑問が浮かぶ。でも、君が目の前にいてくれたことが、何より嬉しくて、安心して、あまり嫌な気持ちになれない。


「なんで、こんなことを……?」


「君が、私を好きでいてくれていることは知ってたの。それで、いつ告白されるか待ってたんだけど、全然告白してこなくて……何回もチャンスはあったのに」


「面目ない……」


 思わず苦笑いをする。


「だから君の本当の気持ちが知りたくて、ついこんなことをしちゃったの。私がいなくなったら、君が本当に私のことが好きかどうか分かるはずだと思って」


「……」


「そしたら『保健室に行くと言ってそのままいなくなっちゃった』って慌てて友達から連絡が来て、私も本来の計画なんか忘れて急いで外に出てきちゃった……」


 彼女はそう言って遠くをぼんやり見ている。

 僕はようやく整理できた心の中で、やっぱり変わらないこの気持ちに向き合うと決めた。言わなくちゃ。


「……さっき君は謝ったけど、僕が謝るべきだったんだ。ごめん、待たせて」


「うん」


「そして言わせてください」


 また、風が一瞬吹いた。背中を押してくれているのだろうか……はぁ、恋心はなんでもポジティブに捉えるから良くない。でも、そう捉えた方が言えそうだ。この気持ち。


「僕は君が好きだ。君と付き合いたい。付き合ってください、お願いします!」


 ずっと心に留めいていた気持ち。でも、一度上手く言えたら勢いが増して言葉が出てくる。


「君がいなくちゃ、話し相手がいないんだ」


「うん」


「君がいなくちゃ、話が始まらないんだ」


「うん……!」


「君がいなくちゃ、心が落ち着かない。君がいてくれるから僕はいつも笑えるんだ」


「うん……!!」


 気付けば、僕も君も少し泣いていた。でも二人とも心地いい笑顔で互いを見ていた。そして。


「こちらこそよろしくお願いします」


 彼女のとびきりの笑顔を見て!

 この世界に彼女が必要なこと、僕の世界に彼女が必要なこと。

 そして、彼女がこの世界に帰ってきたことを心から知ったんだ。


 君がいなくちゃ。

 君がいてくれたから。

 ありがとう。今までも。これからも。

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君がいなくちゃ またたび @Ryuto52

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