第9話 初めてのデート(後編)

「とうちゃくー♪」


 元気な声で、琴ねえが目的地への到着を告げる。


「それで、どうしようか。見たい所ある?」

「公園をぐるっと一周しよっ。噴水広場ここに戻ってくる感じで」


 駅前にある、丸谷公園まるたにこうえんは楕円に近い形をしていて、一周すると3kmくらいはある。途中に、花壇や林などもあって、景色を楽しみながらおしゃべりをするのにもってこいだ。


 幸い、今日はそれほど人が多くないようで、これならゆったりとしたデートを楽しめそうだ。


「わぁ。秋桜コスモスが綺麗……!」

「うん。ほんと綺麗だね」


 花壇にピンクの秋桜が咲き誇っていて、それほど審美眼がない僕にとっても、素直に綺麗だと思える。でも。


「琴ねえの方が綺麗だと思う」

「え?」

「な、なんちゃって。ははは」


 また、そんな、葉の浮くような言葉が口をついて出ていた。オチをつけるために、最後は少し冗談めかして誤魔化したのだけど。琴ねえはというと。


「う、うん。ありがと……」


 そう言って、顔を真っ赤にして黙り込んでしまった。あれ?ツッコミが入らない。昨日からずっと、何かあっては、こんなむず痒いような、甘ったるいような空気にすぐなってしまう。


「ご、ごめん。ちょっと恥ずかしかったよね」

「ううん。嬉しかったから。取り消さないで?」

「……」

「……」


 あー、もう。僕らは何をやっているのだろうか。


「と、ところでさ。秋桜の花言葉って、何なんだったっけ?」


 少し無理やりだけど、話題転換。


「ちょっと調べてみるね……えーと、色によって花言葉が違うみたい」

「たしかに、秋桜って色々な色があるよね。このピンクの色は?」

「乙女の純潔、だって。この純潔っていうのは、汚れがなく、清らか、とかいう意味みたい」


 どこかのスマホのサイトらしき説明文を読み上げる琴ねえ。


「へえ。琴ねえに似合わ……ないか」

「えぇ?なんで?」


 琴ねえは不満そうだ。


「清らかっていうか、天然って感じだよ」


 いや、汚れがないのはそうで、別に間違ってはいないのか?


「否定できないけど。ちょっとイジワル」

「その、好きだから弄りたくなるんだよ」

「くーちゃんなりの愛情表現とでも言いたいの?」

「そーいうこと」

「もう。じゃあ、そうしておいてあげる。でも、純潔、か……」

「何か?」

「ううん。気にしないで」

「まあいいけど」


 どうも、顔がにへらとしていて、妄想に入った時の顔っぽいのだけど、はてさて、何を考えたのやら。


「秋の森林浴っていうのもいいもんだね」


 日光を遮る林の中を僕たちは歩く。少し薄暗い林の中は、空気が澄んでいて気持ちいい。


「うん。のんびりできそう」


 しばらくの間、森林浴を楽しみながら、黙って歩く僕たち。こんな風に、言葉がなくなる事は今までよくあったけど、不思議と苦ではない。


 林を抜けた後も、のんびりと公園を周って、噴水広場に戻ってきたのは11時を過ぎてからだった。


「この後、どうする?って、そういえば、琴ねえの部屋でって話だったけ」

「うん……」


 言ったっきり、また何やら顔を赤らめて考え込んでいる。さっき、純潔の話をしたときもだけど、やっぱり。


「あのさ。僕の方は、その、、してきたから」

「準備って……」

「その。明るい家族計画というかなんというか」


 今の雰囲気で正式名称を言うのはためらわれてしまって、隠語を言ってしまう。


「ぷっ。明るい家族計画って…。ぷふっ」


 必死で笑いを堪えている琴ねえ。


「いやその、言い方が悪かったから。笑わないで欲しいんだけど」

「くーちゃんがすっごい照れてるのわかって、可笑しいんだもの」

「だって、昨日の今日だからはっきりいいづらいんだよ」

「……変なの。でも、良かった」

「良かった?」

「くーちゃんも、したいと思ってくれてたんだなって」

「ま、まあ。僕も男ですから」


 付き合い始めてばっかりでそんなのは早すぎるのでは、理性がブレーキをかけているだけで、もちろんそういうことはしたいと思っていたのだ。


「昨日はもっと後で、って言ってたけど。いいの?」

「よく考えたら、別に我慢する理由なんてないんだなって気づいたんだ」

「ほんとにそうだよ。私は、昨日でも良かったのに」


 口を尖らせる琴ねえ。その言葉に、いよいよしてしまうのだなと実感する。


◇◇◇◇


 あれから、琴ねえの部屋にお邪魔することになったのだけど、部屋にはおじさんやおばさんは居なかった。なんでも、夫婦でデートをしてくるとかで、琴ねえが僕を部屋に誘ったのもそれを見越してだったらしい。


 そして、今。僕らは、部屋でタオル一枚を巻いて、ベッドに隣同士で座っている。秋の日差しが差し込む部屋の中でこうしているのは、どこか現実感がなくて、それでも、隣のタオル1枚だけを巻いた琴ねえが扇情的で、やっぱり現実なんだなと思う。


 タオルの上から、胸に少し触れてみる。


「ん……」


 琴ねえの口から漏れる艶めかしい吐息。少し、手を動かして揉んでみる。柔らかい。


「えと。こんな感じでいい?」


 どんな風に感じているのかわからないので、おそるおそる聞いてみる。


「う、うん。大丈夫、だと、思う」


 自信がなさげな様子を見て、やっぱり、琴ねえも不安なんだなと気づく。


「嫌だったら、言ってね。やっぱり、急かもだし」

「だ、大丈夫」


 気丈に言う彼女を見て、できるだけ優しくしようと誓うのだった。


 ちゅ。彼女の方から唇を重ねられる。と思ったら、すぐに舌が入ってくる。今度は、ほんとに、エッチな事をする前の、エッチなキス。そう思うと、どんどん興奮が高まっていく。


「ほんとに、無理そうだったら、言ってね?」


 気がついたら、タオルがはだけていて、身体を押し倒していた。準備は十分したと思うけど、僕も勝手がわからないし、琴ねえもきっと同じだろう。


「大丈夫だから。そのまま、お願い」


 さっきの、少し不安そうな瞳ではなく、幾分リラックスした調子の声色。その声に、僕も少し緊張が緩む。


 ……


◇◇◇◇


 行為の後、僕たちは服も着ずにお互いを見つめ合っていた。ああ、とうとう、しちゃったんだなあ、などとぼんやりと考える。


「うぅ。まだ、沁みる感じがする……」


 そして、少し涙目になっている琴ねえ。


「ご、ごめん。痛がらせちゃって」

「仕方がないよ。友達だと、痛かったって子が多かったし」

「そういう話、するんだね」

「皆、興味はあるからね」


 男には言えない話で、色々盛り上がっているんだろうか。


「これが気持ちよくなっていくなんて、ちょっと信じられない……」

「そ、そんなに!?」

「想像以上だったかな……」


 その言葉に、自分だけ気持ちよくなってしまったことに少し罪悪感を覚える。


「あ、でも、後悔はしてないからね!?今、幸せだし」

「それなら良かった」


 後悔されていたら、それこそ立ち直れないかもしれない。


「でも、エッチしたら治るのかなと思ったんだけどなあ」

「治る」

「恋の病」

「ああ、そういうことか。納得。僕も、治りそうにないよ」

「昨日から誘うような事言ってたのはね、エッチしたらそういう気持ちもひとまず落ち着くのかな、っていうのもあったの」

「それで、あんなに積極的だったんだ」


 不自然さを感じる部分もあったけど、そういう想いがあったのか、と納得する。


「今度の中間テスト、赤点になってるかも」

「僕も、そんな気がしてきた」


 昨日一日、授業に全然身が入らなかったのだから、これが続いたら、きっと、成績は悲惨な事になるに違いない。


 付き合い始めだけで、そのうち落ち着いて行くと思いたいけど、全然自信がなくて、やっぱり大丈夫だろうかと感じてしまう。でも。


「いっそ、この状況を楽しんでみない?」


 思いついた事を提案してみる。


「もうしばらく続きそうだもんね」

「そうそう。もう、開き直るしか無いと思うんだ」

「じゃあ、お昼、くーちゃんの教室に行っていい?」

「恥ずかしいけど。でも、楽しむって言っちゃったし。いいよ」

「教室で、「あーん」とかしてもいい?」

「教室じゃなくてもいいんじゃ」

「だって、周りに自慢したいんだもん。こんないい男の子が彼氏なんだって」

「琴ねえにそんな気持ちがあったとは」

「そうすれば、他の女の子は近づいて来ないだろうし」

「独占欲強いね、琴ねえ」

「独占欲なのかな」

「それ以外無いと思うけど」

「あ、それとね……」


 その他にも色々な約束をしてしまう羽目になった僕。これは、クラス中、あるいは、学校中からバカップル認定を食らうかもしれないな。


(ま、いっか)


 なるようになれ、だ。

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