第5話 翌朝

 10月22日金曜日。昨日に続いて、よく晴れていて、ほどよく暖かい。伸びをして起き上がると、時間は7:00。始業は8:30だから、まだしばらく余裕があるな。


 そういえば、琴ねえが迎えに来ると言ってたけど-


 ぴーんぽーん。インターフォンが鳴る。こんな時間帯に来る人は普通はいないけど、たぶん。


(あ、琴ねえだな)


 そう確信して、玄関に出る。すると-


「くーちゃん、会いたかったー」


 琴ねえが全身で僕の胸に飛び込んでくる。嬉しいんだけど、いい香りがするし、胸が当たるし。生理現象的に色々やばい。


「僕も会いたかったんだけど。その……」


 パジャマのズボンがテントを張っている状態を説明するわけにはいかず、どうしたものかと思っていると-


「ごめんね。男の子だとそうなるよね」

「いや、僕が悪いし」

「それに、私でその、興奮してくれたんでしょ?嬉しい、よ?」


 少し恥ずかしそうにしながらも、そんな破壊力の高い言葉を叩き込んでくる琴ねえ。ますます下半身がやばいんだけど。


「ちょ、興奮って」

「ち、違うの?」

「違わないけど、言い方、言い方」

「そ、そうだね。ごめんなさい」

「別に謝らなくてもいいけど」


 今朝はようやく普通のテンションに戻れたと思ったのに、またしても変な雰囲気になってしまう。


「お兄ちゃん、おはよー。朝早くにどしたの?」


 寝ぼけ眼で明美あけみが起き出してくる。まずい。


「え。ことちゃん?」


 眼をまんまるにしている明美。


「え、えーと、お邪魔してます。明美ちゃん」


 抱き合っている所を見られて気まずいのか、ぎこちない琴ねえ。


「ふーん、そっか、そっか」

「あ、明美ちゃん?何か、まずかった、かな?」

「別にまずくないけど。一日で随分ラブラブだなーって」


 あれ?自重しろと言っていた割に、何やらニヤニヤしている明美。


「えっと、いいの?」

「何が?」

「いや、こうしているのを見て。昨日、なんか言ってたでしょ」


 見てないところでやってね、って感じだったはず。


「うーん。せっかくだから、見てみるのも面白そうだなって思って」

「なんでまたそんな心変わりを」

「私、恋愛経験ないし。お兄ちゃんたちを観察してみようかなって」

「ええと、明美ちゃん?」

「というわけで、続けて、続けて」


 興味津々という様子で僕たちを観察する明美。これはこれで色々ばつが悪い。慌てて距離をとる僕。


「続き、やらないの?」

「そんな趣味はないって言ったでしょ」

「残念。琴ちゃんとのキスシーンでも見られるかと思ったのに」

「もう、勘弁してよ」

「はいはい。じゃ、ゆっくりしてってね。琴ちゃん」


 そう言って、あっさり部屋に引っ込む我が妹。


「えーと、とりあえず着替えてくるから。待ってて」

「うん」


 琴ねえをリビングで待たせている間に、葉を磨いて寝癖を直して、それから制服に着替える。そういえば、母さんはどうしたんだろう。そんな事を考えながら、リビングに戻ると-


「おはよう、空太くうた


 何故だかやけにニヤニヤした母さんと、


「あはは……」


 なんだか少し気まずげな琴ねえだった。


◇◇◇◇


「もう、空太ったら、琴菜ことなちゃんといつの間にか付き合ってたのね」

「琴ねえから聞いたの?」

「そりゃまあ、朝から家に来てたから、どうしたのかなって思うわよ」

「その、改めてよろしくお願いします。おばさま」

「琴菜ちゃんならいつでも大歓迎よー。せっかくだから、ご飯も食べていきなさい」

「は、はい。そうさせていただきます」

「琴菜ちゃんの事、大事にしてあげなさいよ?」

「もちろん、そうするよ」


 そうして、早くも僕たちの関係は母さんに知られてしまったのだった。


◇◇◇◇


 ご飯ができるのを待つ間、琴ねえと部屋で過ごすことにした僕たち。


「ちょっと、くーちゃんの部屋、久しぶりかも」

「そういえば、最近はあんまり来てなかったかもね」

「相変わらず、本棚がぎっしり」


 部屋の端から端まで広がる大きな本棚。漫画やライトノベルなど、ライトな読み物にとどまらず、文芸作品、SF小説などなど色々な本が並んでいる。


「見ない内に、新刊のラノベとか漫画、増えてるよね」

「ちょくちょく買い足してたからね」

「読みたいけど、時間が……。うーん、放課後、読みに来ていい?」

「そりゃ、もちろん」


 言ってから気がついたけど、こういうのは、お部屋デートなのだろうか。そう考えると、なんだか急に気恥ずかしくなってきた。


「どうしたの?くーちゃん」

「い、いや。こういうのもデートに入るのかなって」


 自分で言っててとても恥ずかしい。


「う」

「琴ねえ?」

「その。そう思ったら、急にドキドキしてきちゃった」


 琴ねえの頬が次第に紅潮していき、真っ赤になっていく。可愛い。

 そんな事を言われると、僕もドキドキしてしまう。


「えーと、何か読む?」


 何を言ってるんだろう、僕は。今は時間がないから、放課後にって話だったのに。


「そ、それより。聞きたいことがあるんだけど」

「い、いいけど。なに?」


 目を伏せて、何かとても恥ずかしそうにしているけど。


「くーちゃんはその、エッチな本って読む?」

「え?」


 その質問をされると非常に困る。でも。


「ま、まあ。僕も男だし」


 同い歳ならきっと、誰だって一冊や二冊持っているだろう。琴ねえだってそれくらいわかっているはず。


「そ、そうなんだ。どんな感じの?」

「それを聞くの……」


 さすがに彼女の前でオカズを晒すのは色々といたたまれないんだけど。


「駄目?」

「そんな可愛く言っても。ていうか、なんで知りたいのさ」


 琴ねえは何を考えているのか。


「だ、だって。知っておけば、エ、エッチな事する時に役に立つかもだし」

「エ、エッチな事って。そりゃ、いずれはと思うけど」


 僕らが付き合い始めたのはまだ昨日だ。


「と、とにかく。そういうのは、恥ずかしいから勘弁して」

「ううー。わかった」


 琴ねえは不満そうだったけど、なんとか納得してくれたらしい。しかし、琴ねえとエッチなことって。まだ先だと思って考えないようにしていたのに、言われたら嫌でも考えてしまう。


「空太ー、琴ちゃーん、ご飯よー」

「うん。今、行くー」


 幸いにして、母さんが呼びに来てくれたので、はっと我に返る。危ない、危ない。


◇◇◇◇


 登校途中。僕と琴ねえは恋人繋ぎで二人歩く。


「ふん、ふん、ふふーん♪」


 琴ねえはご機嫌だ。


「ご機嫌だね、琴ねえ」

「だって、幸せだもの」

「そっか。僕も、良かったよ。色々」


 彼女がそう思ってくれて、僕も嬉しい。じーんと、幸せを噛みしめる。

 

「ね。明日、土曜日だよね」

「ん?そうだね」

「デート、行きたいな。予定空いてる?」

「特にないかな。どこ行く?」

「うーん。遊園地は行ったし。水族館も行ったし。プールも行ったし……」


 色々な候補を挙げる琴ねえだけど、だいたい、この3年間で行ったことがある場所ばっかりだった。ほんと、どれだけ色々なところで遊んだんだろう。それだけ、あちこちに二人っきりで出かけていたのだと今更実感する。


「別に、行ったことあってもいいんじゃない?」

「でも、せっかくの初デートだし」


 その言葉に、またもドキリとする。


「そっか。そういえば、そうだった」

「違うの?」

「いや。これまではデートって言ってなかったから、新鮮で」

「そういうこと」

「でも、どこがいいかな……」


 少しの間、僕も行きたい場所を考える。遊園地や水族館、プール以外にも、動物園、博物館、卓球、ボウリング、ビリヤード、などなど。場所がかぶらないようにと考えているうちに、近くのデートスポットは軒並み制覇してしまった気がする。


 逆に、行ったことがある場所で想い出に残るところなんてどうだろう。スマホで昔の写真をさかのぼって眺めていく。そういえば、そもそも、最初の「デート」はどこだったっけ。確か、中学1年に上がって少しした頃で。


「あ、そうか。駅前の公園!」

「公園?」

「初めて二人で出かけたとこ」


 まだ中学1年だった僕が、お金のかかるデートスポットに行けるはずもなく。色々考えた挙げ句、お金をあまりかけずにのんびりできる駅前の公園で過ごしたのだった。


「そういえば、くーちゃんが妙に緊張してた気がする」

「だって、女の子と意識してから、初めて誘ったし。それで、どう?」


 琴ねえの様子をうかがう。


「うん。いいね、公園。それにしよっか」

「ああ、でも。公園だけだと、時間が余るかも」


 公園をゆっくりしても、2時間かからないだろう。


「近くの喫茶店でも入ろうか」

「……」


 公園をのんびり散策して、喫茶店でおしゃべり。悪くないかなと思ったのだけど、何やら顔を赤くして考え込んでいる。何やらぶつぶつつぶやいているけど、どうしたのだろう。


「そ、それじゃあ。公園の後は、私の家、でどうかな?」

「え?」


 デートの後に彼女の部屋で二人きり。でも、今朝も仮にもお部屋デートしたし。


「じゃあ、そうしようか」

「うん。お部屋でいっぱい、いちゃいちゃしたい」

「いちゃいちゃ……」


 部屋で二人きり。だけど、昨日の今日だし、普通に、だよね。琴ねえのお父さんやお母さんもいるだろうし。


「ひょっとして、エッチなこと、考えた?」

「い、いやいや。昨日の今日でそんないきなり」


 慌てて否定する。


「私は、くーちゃんがその気なら、その、いいよ?」

「えーと」


 表情を見ると、恥ずかしそうで、でも、嬉しそうで、からかっているようには見えない。でも。


「やっぱり急だし、もうちょっとしてからにしよう?」


 据え膳食わぬはなんとやらという言葉があるらしいけど、いきなり過ぎて僕の方が心の準備が出来ていない。もちろん、そういう事をしてみたいと思ったりはするけど。


「うーん。残念」

「本気で残念がらないでよ」


 昨日といい、色々と積極的過ぎる。嬉しいけど、心臓がもたない。


「わかった。その代わり。キスとかはいい、よね」


 そう甘えた声で言われると、やばい。色々と。


「もちろん、いいけど」


 昨日のキスを思い出す。唇、やわらかかったよなあ。それに、舌を入れてこられるのも……。って、ああ、もう。なんで、付き合い立てで、こんな桃色な事ばっかり。


 昨日から何度もドキドキとさせられてしまっている。顔もなんだか熱い。


「くーちゃん、顔、赤いよ?」

「琴ねえもだと思うけど」

「……」

「……」


 照れる。ほんとに、何をやっているのだろう。


(僕たち、だいじょうぶだろうか)


 そんな事を密かに思ったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る