第23話 吹雪の絶滅

 エルネストは追い詰められていた。ここはアフリカのサバンナのはずではなかったのか? モニターに映った、緑の谷の前方の風景には、うっすらと雪が積もり、吹雪が舞っていた。そして、画面の右端にはあの毛むくじゃらの一つ目巨人、左に舞い降りてきたのは翼のある凶悪な竜ワイバーン、そして画面の中央には、一つ目巨人の二倍以上ある三つ眼の巨大なマンモスが映っている。

 モニターから不気味な声が響く。

「聞こえているかね。アフリカ支部の諸君。私だ。キース・フェリックスだ。ここに君たちアフリカ支部の、完全なる武装解除と全面降伏を要求する。タイムリミットは一時間だ。一秒でも過ぎれば、この怪物たちが人類の絶滅を決行する」

 エルネストの横で一緒にモニターを見ていたカリオストロ・ブレイズが交渉を試みた。

「私はアフリカ支部局長のカリオストロ・ブレイズだ。キース、君は当初、異世界への介入・支配に関する捜査をやめなければ人類を絶滅させると言っていた。異次元への捜査を完全に打ち切ると宣言したら、人類絶滅をやめるのだな」

「いいや、もう手遅れだ。警告を無視して、お前たちはうるさいハエのように、繰り返し捜査員を送り込んできた。だから人類の絶滅の決行のためにここに来たのだ」

 カリオストロが聞き返した。

「人類の絶滅だと? 本気でそんなことを言っているのか? 人類が絶滅したら、お前も消えてなくなるのだぞ。そんなわかりきったことをお前はやろうとしているのだぞ」

「ははは、私は、つかまったら死刑になるような重い罪を犯した時空犯罪者だ。そんなことはわかっている。捕まって死ぬなら、ここで好きなようにして死んでも同じだ。覚悟はできている。人類と一緒に心中することは願ったり、かなったりさ」

「…ばかな…狂ってる…」

「もう一度言う、アフリカ支部の一時間以内の完全な武装解除・全面降伏以外の条件は一切認めない。簡単なことじゃないか。君たちが降伏するだけで、怪物は異次元に戻し、私も引き揚げる。人類の絶滅は回避できる。簡単なことだろう。以上だ。」

通信は一方的に切られた。

「なんということだ?! カリオストロ局長、空間海兵隊は今どうしている?」

 別のモニターにマップが出る。

「渓谷保護区に双頭の龍が、西海岸保護区に巨大なサーベルタイガーが迫ってきている。他にも二地点危ない保護区があり、われわれよりはるかに機動力が高い空間海兵隊が、そちらの防衛にあたっている…。でも、この時代の人類をただ一人でも無駄に死なすわけにはいかない。キースの分散作戦に我々はやすやすとのせられている」

「あのキースの声はどこから送られてくるのだ。なんとか位置を特定して、奴をしとめれば…」

「さっきからやっているが、キースは諜報部のステルス機材を使っているらしい。二重、三重に電波の発信源を移動させ、身を隠し、いったいどこからこの声明を送っているのか特定がまったく不可能だ。」

「くそ、なんてことだ。ただ我々に全面降伏を要求して、狙いはなんなのだ。ただいたずらにこんなことをやっているとも思えない」

「用心深いやつのことだ、何かをたくらんでいることは確かだが、今のところまったくわからない。真の狙いはよほどのことがないと話すはずもない」

 あと五十五分。タイムリミットは刻一刻と迫ってきていた。


 不穏な空気はアリオンたちの大きな避難小屋にも漂っていた。ここは現在八百人以上のホモ・サピエンスを収容している最大の避難所だ。近くに食べ物の豊富な森林や、大きな川や湖があり、いざとなれば魚や貝類、甲殻類だけでも大人数を養える豊かな場所だ。大けがを負ったアリオンは、妻とともに避難所で静養していた。もう数日で子供は生まれそうだった。アリオンは起き上がり、ナイフで、動物の置物を彫っていた。小さなライオンや象がもうすぐ完成だ。一番の傑作は生まれてくる子供に、二番目は柱人に渡そうと、心をこめて彫っていた。

 だが、丘の向こうに怪物たちが集まってきたと偵察にでた者が警告を発し、ついに終わりかという動揺が起こった。だがパニックにはならなかった。族長たちの提案で、「祈り」が始まったのだ。みんなの祈る先には手作りの「柱」が立ててあった。それは柱人への信頼と尊敬の気持ちからであった。アリオンがみんなに言った。

「みんなが幸せでいられるように、強く祈るのだ、みんなで、大勢で祈るのだ、繰り返し祈るのだ…」

 静かな祈りが広がり、動揺は収まって行った。

 避難所は大聖堂のように人々の心をいやし、落ち着かせていた。


「さあて、タイムリミットまであと四十分を切った。そろそろ回答をくれてもいいんじゃないか?」

 再びキースの声が司令室に響いた。やはりモニター画面には怪物たちしか映っていない。カリオストロが毅然として答えた。

「まだ四十分ある。お前の狙いもわからないのに簡単に降伏するわけにはいかない」

「ほほう、どこまでその強気が続くものかな。まあいい、人類が絶滅したら、お前たちも人類のすべての歴史も終わりだ。また会おう…」

 画面はまた一方的に切れた。

 困り果てるエルネストとカリオストロ。

「援軍を呼ぼうにも、ここは七万四千年前のアフリカだ。技術的にも物理的にもこれ以上の増援部隊はすぐには期待できない…」

「…抜け目のないキースの事だ。もちろんそれも計画のうちだろう…」

 その時、発信音が鳴った。

「おや、フランス支部から今回の時空犯罪にかかわったキース・フェリックスの詳細な犯罪記録が送られてきた。確かエルネストは、じっくり考えるときはプリントアウトした資料のほうがよかったな。さあ、これだ」

 数枚の紙にプリントされた詳細な記録が手渡された。エルネストは近くの椅子に腰を下ろし、特製のコーヒーを入れて、それを飲みながら目を通した。

「ふむ。奴は発見されたとき自ら休眠カプセルに入っていたのか? なぜだ? えっ! 彼はそのカプセルで眠っていた数日の間に、精神世界で時間軸を操作し、十年以上の時を、不老不死の時間を過ごしていたのか…」

「そうだ。しかも奴はハリオンの異次元基地に誰も入り込めないことをいいことに誰もそこから出さず、すべての証拠をそこに隠し、隠ぺいしようとした。もしもの時の身代わりの犯人まで用意して…」

 その時、エルネストはその記録からあることをひらめいた。

「そうか? カリオストロ局長、この記録にあるラファエル博士に緊急連絡が取れないだろうか? もしかしたらキースの真の狙いがわかったかもしれない…」

「よし、わかった。すぐサンジェルマン伯爵に掛け合ってみよう。時空通信の設備のある場所に博士がいれば、何とかなるかもしれない」

 しばらくフランス支部との通信が続き、タイムリミットまであと二十六分というところで、モニター画面にラファエル博士が映った。博士の後ろには、エルダーフラワーヒルで行方不明になっていた七人の高校生、ベスの友人たちや善良な使用人マルセル・デュビエールも映っていた。

「…というわけです。博士のご見解をお聞きしたい」

「ふむ、そうだねえ…」

 エルネストの説明に、ラファエル博士の眼鏡がきらりと光った。

「君の推察は全く正しい。いろいろなアイテムを持って精神世界をトリップできる最新のマシンはハリオンの異次元の城の設備を入れても四か所しかない。後は旧モデルで、キースの欲している性能はない。しかもその最新のマシンが君たちのアフリカ支部にある、奴がほしいのは精神世界にトリップし、再び世界支配ができるここのトリップマシンと休眠カプセルの設備だ。しかもだ、君たちのピラミッド型のアフリカ支部は、収容人数は少ないが、基地そのものに飛行能力やタイムトラベル機能がついた唯一の基地なのだろう。もし基地ごと奴がマシンを手にしたら、ハリオンの城と同じだ。時空の果てに逃げて誰にも捕まえられなくなる。トリップするマシンと時空移動能力、君たちのアフリカ支部を手に入れれば、彼はまた比類なき力と不老不死の世界を手に入れられるだろう」

 ラファエル博士の言葉を聞いて、キースの悪巧みがいろいろ見えてきた。この支部を乗っ取ろうと思ったら、援軍の全く来ない時代に支部ごと飛ばせばいい。そこで人質を取って交換に支部を手に入れれば、もう思いのままだ。人質は我々の祖先、人質の交換に応じないわけはない。突然の氷河期で、人口が数千人まで減少した時なら絶好の機会だ。しかもアフリカ支部の隊員たちが一つの場所に集めてくれている。手間が省けるわけだ…。

「博士、キース・フェリックスの野望を止める方法がありますか?」

「…うむ。一つだけある。やつに気づかれないようにアフリカ支部のトリップマシンとタイムトラベルの動力のキーを抜いて引き渡せばいい。それを交換条件に怪物を一度異次元に送り返させるのだ。やつは逃げることもできず、そうかといって、精神世界に戻って怪物を再び送ることもできない。その間に手を打って奴を逮捕できれば…」

「なるほど、その手があったか!」

 だがその時、画面の向こうで、ラファエル博士の横にサンジェルマン伯爵が入ってきた。

「ラファエル博士、確かアフリカ支部のトリップマシンの一台は、今ケイト・ヘミングという隊員が使用中です。動力は切れるものですか?」

「な、なんと? それは無理だ。トリップしたままマシンを止めると、彼女は二度と帰れないか、最悪精神が引き離され、二度と目を覚まさなくなる可能性がある」

 それを聞いた伯爵が小さくつぶやいた。

「今、精神世界のケイト・ヘミングは事故が起き、エリザベス・アシュフォードの精神と合体している。何かあればケイトもエリザベスも帰って来られなくなる」

 思いがけない名前を聞いて、親友のレベッカ・スカーレットが後ろから叫んだ。

「ベス、ベスが帰って来られなくなるの? エリザベス・アシュフォードは私の親友なんです。ここにいるみんなも知っているわ。いったいどういうことなんですか?」

 エリザベスの名前が突然出て動揺する七人。ブライアンは、自分たちが何か関係して事件に巻き込んだのではと責任を感じていた。伯爵はみんなに言った。

「大丈夫だ。彼女たちの命は必ず守る。エルネスト、すぐに精神世界のケイトと連絡を取って、すぐ戻ってくるように言うんだ」

「了解。すぐに戻るように言います」

 そこで一度通信は終わり、アフリカ支部ではエルネストが必死にケイトに連絡を取っていた。カリオストロが尋ねた。

「どうだ、エルネスト、連絡は…」

 エルネストはさえない顔で答えた。

「…今行動中らしくて…通信機が切ってあるようだ…時間が…」

タイムリミットがあと十九分に迫っていた。

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