第18話 イタズラ

「はぁーっ」




 お風呂を終えて髪も濡れたままであたしは、ため息をつきながらベッドに転がる。ため息はついたものの、今の日常が特におもしろくないとかそういうわけではなかった。


むしろ逆。


過ぎていく一日の充実感に浸ったため息とでもいうものだろうか。


(斗真がいたころ以来だかな。こんなに毎日が輝いてみえたのって。ま、今もいることは変わりないっか…)




「今日も楽しかったなっ♪な、奏」




そんな今日を振り返っていると、どこからか斗真が現れる。




「うん!今日の出席簿?のイタズラ。あれが勝手に書いてあるのにはびっくりしたなぁ」


「へへん。でも、あれくらいのイタズラ”見えない”んじゃ、よゆーよゆー♪」


「あはは。でもやりすぎたらダメだよー?」


「えー…。もっとやりたいのにぃ…」




 あたしがそう注意すると、斗真がすねるように口を尖らせる。


(そんな頻繁にポルターガイスト現象があっちゃそろそろあたしもなれちゃいそうだなぁ…)




コンコン。


部屋に響き渡る、乾いたノックの音。




「奏ー?ごはん、持ってきた…けど。今日も部屋で食べるのー?」


「あ。うんー!部屋で食べるー、今あけるねー!!」




あわてて部屋の鍵を開けて、お母さんが持ってきてくれた夕ご飯を受け取る。




「斗真くんのあの日以来、ずーっと部屋で食べてるじゃない。ほんとうに大丈夫?」


「だいじょうぶだいじょうぶ!!ただ一人で食べたいから部屋で食べるだけだよ」


「そう?ほんとうにだいじょうぶなのね?でも、悩んでたりするならお母さんにちゃんと言ってね?」


「わ、わかってるわかってる、だいじょうぶだいじょうぶ。はい、閉めますよー じゃね♪」




まるで心配性の玲凪のようにいつまでも繰り返すお母さんをちょっと強制的に押し出して扉を閉めて、鍵をかける。


(おかあさんも、玲凪みたいだなぁ…。あ いや、玲凪がお母さんみたいなのかな…。)


お膳の上、夕飯の隣にちょこんと乗った冷たい麦茶のコップを傾けながらそんなことを考える。




「ふぅ…」




どうでもいい自問自答に、答えは生み出せず代わりに深いため息が出る。


(…ほんとにどうでもいっか!)




「よっし!!いただきまーす」


「お。今日はハンバークか!おいしそーだなぁ」


「って、斗真はもう幽霊なんだからいらないでしょー!あげないもんね、あたしも好きなんだから!!」


「え?俺のこと?」


「ハンバーグだよ、ばか!!」




 赤く火照る頬の熱を感じながら、恥ずかしさを飲み込むように二等分に箸で分けたハンバーグをそれぞれ一口で口に放り込む。




「えー。俺はー?ていうか俺とハンバーグならどっちが上?」


「え!?えっと。えっと…あ、その…ごちそうさまっ!!片づけてくるっ!!」




乱暴に部屋の扉を閉め背を預けると、そのまま力なく座り込んでしまう。


鼓動が速い。首筋を頬も耳も熱い。


(…っくりしたぁ。 あんなの真顔で聞いてくるなんて反則だよ…っっ!!言えるわけないもん。"本人"の前でなんて、、 )


頬の火照りが消えたのを触れて確かめたあと階段をおりて、食べ終えた食器をもって台所へといくとお父さんとお母さんがTVを見ながらちょうど二人で夕飯を食べているところだった。




「あら 奏。もう食べたの?早いのね」


「う、うん まぁね、ハンバーグだったからかなっ」


「でもよかったわー。ちゃんとご飯も食べてるみたいだし。すっかり元気になっちゃって…お母さん、安心したわ」


「もう。お母さんってば。」




(ほんとは…女の子が食べた後に寝るもんじゃないんだけど…)


そんな他愛ない会話をちょっとだけ交わした後、あたしは部屋につくなりベッドに倒れ込んで眠りについた。












翌日。


1時限目の授業は国語。




「はい。みんなープリント人数分配るから。一人ずつとって後ろに回してくださいねー」




そういって、国語の先生から先頭の人に人数分のプリントが回される。あたしも、自分の分を取って同じように後ろへプリントを回す。それで全員に行き渡るはずだったのだが




「あれ?一枚足りない…」




ふと、あたしの列の一番後ろからそんな声が聞こえた。振り返って様子を見てみると、どうやら一番後ろの生徒のその手前までは行き渡ったようだが、最後の一枚が足らずその子のプリントが手に渡らなかったようだった。




「えー?あ、ほんとだ。せんせー!プリントが一枚足りませーん」


「え、そう?おかしいなぁ…?ちゃんと人数分刷ってきたはずなんだけど。コピーしてくるからちょっと待っててね」




 そう言い残して、先生は印刷室へと小走りに教室を出ていく。


その途端、あきらかに一段と騒がしくなる教室。静かなようで小声の響く教室は当然、誰かの会話の一つや二つ聞こうとせずとも聞こえてくる。




『せんせー、へんなのー』


『っていうか、最近なんかこういうの多くない?』


『ああ!わかる!なんか不自然に物が落ちたりとか、窓も空いてないのに風が吹いたりだとか…』


『妙に後ろが寒かったり、誰かの視線を感じたりとかな。俺、霊感?とかそーゆーのないからよくわかんないけど、なーんかここ最近は妙だよな』


『そーそー、なんか気味悪いよな』


『やば、先生戻ってきた』




「遅れてごめんなさい、皆さん。はい、どうぞ。」


「ありがとうございます」




 先生が教室に戻ってきたことで教室内のうわさはぴたりとやみ、プリントの足りなかったあたしの列の一番後ろの生徒が先生にプリントをもらって席に着く。




「はい。じゃあー…全員プリントも回ったところで授業をはじめます。まずプリントのーー…」




そこからようやく授業が始まるが、あたしの耳には何も届きはしていなかった。


(『気味悪い』、かぁ…)


斗真は、そういい放ったクラスメイト達の言葉を聞いてしまっただろうか。


 そっと振り返ってみた後ろは、姿だけではなくて、完全に気配も感じることができなかった。




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