第16話 学校

(うわぁ。めっちゃひさしぶり…よしっ!!)


 斗真の事故から2週間ぶりの登校。


教室の前で深呼吸を一つして、決意を固めるかのように唇をきゅっと少し噛むと思い切って扉を開ける。




「それでねー…」




  扉を開けた瞬間、話していた会話が止まり静まり返る教室。クラス中のみんなの視線があたしに集中する。なんという目なのだろうか。あたしの気持ちに同情するような目。ただ久しぶりに見たなと単純に考えている目。どう接しようかと戸惑い出すような目。そんな、それぞれの入り混じった実に様々な目線だった。


 そして、2週間ぶりのあたしの姿に女子の多く、特に仲のよかった子たちが周りに駆け寄ってきてくれる。




「え!奏!?うっわ久しぶり~!!」


「ズル休みかぁ~?この…っうらやましいな!!」


「違うって~ そんなんじゃないよー」


「2週間も何してたんだよ~?」




 斗真を失ったあたしに対して、気を使ってくれているのかそれともみんなの方があたしの気持ちを気にしていないだけなのか、みんないつもと変わらないふざけ口調で話しかけてくれる。あたしもそれに対して、ふざけ返してみる。


それでももう、以前のように心の底から笑えているような気はしなかった。




「はいはい!みんな席についてねー。出席とるわよ~。」




 そうやっているとがらりと教室の扉が開き、出席簿を手にした先生が入ってくる。久しぶりに見たその姿になぜだか見つめていると、あたしに気づいた先生と目が合う。




「あ。あら、久しぶりね。その…真城さん」


「あ。はい…」




 先生との間にも、ぎこちない溝を感じる。


先生自身も、そんなぎこちなさを感じたのかそれ以上は何も言わずにただ無言のまま背中を押して席に着くように促した。




「さてと。えーと…まずは、出席確認からかな。いくよー麻生ー」


「ういー」


「間中ー」


「はーい」


「八木ー」


「はいはーい」


「元気がよくて大変よろしい。でも、『はい』は、一回ねー」


「はいはい…。あ、またいっちた」




 八木と先生のやりとりに、クラスがどっと笑いに包まれる。仕方ないなとばかりに深くため息をついてあと、再び点呼を再開する。




「ったくもー。はい、気を取り直して次ー…じゃ、なくて


神無月ー」


「あいよー」




(次…)


 八木の次は、斗真だった。


しかし、彼がいなくなった今もうその名を呼ばれることはない。


いつも聞こえていた声が一つ、消えた。


それだけのことがあたしには、とても、、とても、、、重く感じた。




「よし全員出席!!朝のSHRは終わり。じゃあ、みんな次の授業の準備しっかりしておいてねー」




 出席を取り終えた先生は、それだけ言い残すと教室を後にした。










(次はー…数学か。えーと数学…数学…)


 席を立ち、後ろのロッカーにしまってある数学のファイルと教科書をとりに向かおうとしたときだった。




バサバサッ。


 ロッカーの上に積み上げられている誰かの教科書が、突然あたしの足元に勢いよく崩れ落ちてくる。


(…った、今日ついてないかも)


教科書の角が刺さるように特に強く当たった左足の小指あたりをさすりながらつい、そんなことを考えてしまう。




「悪い悪い!それ俺んだわ 」


「八木…!!もうこんなとこに置かないでよ~」




 ちょっとばつの悪そうな顔をして向こうから駆けてくる八木に、呆れ顔で文句をこぼす。八木は返す言葉もないようで、ただただすまなさそうに笑いながら後ろ髪をかいた。




「いやいや…ほんとすんまそん。しっかし、風もないのになんでこんな重いもんが落ちるもんかなぁ」


「え?」




(そういえば…)


八木の言葉に、左側にある教室の窓を見てみるが窓は閉まっている。


「おっかしいよなぁ…」と、八木は不思議そうに一人そうつぶやきながらまたロッカーの上にバランスよく教科書を積み上げていく。




「あ。そいやけが、してないよな?」


「え?あ、うん。だいじょ…ぶ」


「そか。ならよかった」




そういいながらにかっと笑う。


(心配、してくれたんだ?八木、いいとこあるー…)


 今まで気付かなかった普段の八木とは違って、優しい一面に少しだけ胸がドキッとする。




「女の子にけがなんてさせたりしたら…ねぇ?それに俺、真城のことー…っって!!」




 しゃがんで落ちている教科書を拾い上げ、重ねる作業を繰り返す八木の頭の上に、またしても積み上げた分の教科書が崩れ落ちて直撃する。




「もう!なんだよー!!ったく」




ついに嫌気がさした八木がついに、怒り気味になる。




(にしても、やっぱり今の崩れ方はなーんか不自ぜ…んっ!?)


 八木と一緒に落ちた教科書を拾い上げてふと顔を上げた、八木の横にはうっすらと透明な人影が立って楽しげに笑っている。


 その人影は、あたしと目が合うとこちらに向かってひらひらと軽く手を振って見せる。


(まーた斗真ーー!!)




「ちょっとこっち!!」


「は?」


「いや。あの…、ごめん。八木じゃないの。その…あぁもうー!!」




隣にいる見えない斗真を呼んでいるのだとは、気付かない八木が聞き返す。




「え?おいっ真城ー?どこいくんだよ、もう授業はじまるぞー?」


「ごめん 八木!!あたし、ちょっとお腹痛いんで休むって先生に言っておいてー!!」




 背中に聞こえる八木の声に、振り返ることもせず一方的にそう告げるとあたしはトイレを過ぎていつもの校舎裏へと出た。






「どうしたの?いきなり学校なんかきて」




 うっすらとした斗真に叱る口調にも似た言い方で、あたしは尋ねた。




「んー…別に?することもなくて暇だったからちょっと…」


「ちょっと?」




声が小さくなる斗真にその続きを求める。




「ちょっと…いたずらをしに、、」


「何!?ポルターガイスト現象おこしに来たの!?」


「まぁね」


「まぁね じゃ、ないよ!!あたしフォローできないんだから」


「とりあえずそゆことで…。大丈夫、勉強の邪魔とかはしないし。じゃねっ♪」


「あ。ちょっと!!」




  


 あたしの止めるのも聞かずに、斗真はまた笑ってどこかに消えてしまった。


(まったく斗真ってば。相変わらずわかりづらいけどさびしがりなんだから…)


誰もいなくなった校舎裏で一人くすりと笑ってみた。そのときだった。






「あー 奏!!」

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