第1話 紅い記念日


「今日はどこいこっか?」




 二人ならんで歩きながら、隣の斗真を見上げる。


身長の高い斗真の顔は、あたしの上にあるから顔を見て話そうとするとどうしてもそんな話し方になってしまう。




「奏となら どこだっていいよ俺は♪」


「そんな答えかたされてもー…悩むんだけどなぁ…?」


「そか? だってほんとのことだよ?」




 整った顔で、斗真が真剣な目でそんなことをいう。


思わず頬の熱の上昇する顔をそらしてあたしはうまく言葉を紡げずにいた。




「そ、そんなの真顔で…言わなくても…っ」


「お 奏ってば赤くなっちゃってかわいー‼」


「だ、だって斗真が真剣に言ってくれないか…ら」




 言いかけたとき斗真のにおいを近くに感じて思わず思考が止まる。


斗真があたしを、抱きしめている。


近づく二人の顔。


どうしようもないまま、そっとあげた顔の瞳と斗真の瞳とが


互いを映し、あたしの耳元に口を近づけて斗真がそっとささやく。




「奏 だいすき…。ずっと一緒に いような」




 甘い斗真の言葉に、嬉しさやらはずかしさやらが同時にこみあげてきて思わず彼を突きとばすように軽く押して車道側に後ずさる。




「ちょちょちょっと とととりあえず離れよっか…‼」


「なんだよー ほんと照れ屋さんなんだから、かな…」




 奏は。と、でも続けるつもりだったのだろうか。


斗真の言葉がそこからパーッというクラクション音にかき消される。


一つのこの音以外、何も聞こえなくなる。


横目で見た視界に迫る、大型トラック。


そこで、初めて置かれた状況を理解する。


 しかし、傾いた体はもう持ち上がらず来るであろう衝撃に備えてあたしは強く目をつぶった。


(ひかれるーーっ‼)




「奏っ……‼」




斗真の短い言葉のあと、なにかに突き飛ばされてあたしは地面にすべり転がる。




「……っぅ…」




アスファルトとの摩擦による痛みに思わず小さく声を上げ、あちこちかすり傷のできた痛みの走る体をなんとか起こして、さっきまでの道路上をみつめ、ただただ時が止まったのだと思った。


止まったのだと思いこみたかった。




「男の子が… お、男の子がひかれたぞ…‼」


「きゃーーっ 事故よ‼誰か 救急車を…‼」




 近くを通っていた人々が、ざわめきだす。


男の人が、動揺しながらも目に映った状況をそのまま口にする。


女の人が、悲鳴を上げる。


親子連れの子どもが、泣き出す。


近所の犬が、吠える。


 無機質に見えるそんな道路上の風景の中、あたしの薄い茶色の瞳に反射したのは


目の前に横たわる赤く染まった男の子。


見覚えのある、男の子。


あれは…




「と…う……ま……?


うそ…だよ……ね…?」




途切れ途切れの単語。


呼んでも横たわったままの、その少年はなにも答えず。


その代り、流れる赤色が地面を這うようにじわりじわりと広がっていく。




「うそ…そんなはずないよね…?


だって……だって…っ 」




その少年が、斗真ではない。


そう否定したかった。


そして、否定しているつもりだったはずなのに


わけもわからないまま勝手にしょっぱい水が頬を止まらず伝って、片側車線を赤く染め広がる血のうえに滲んで落ちる。




「だって…  ね…っ  とう…」


「悪いけど君、ちょっと 離れてなさい 」




揺さぶろうとすがりつくあたしを、いつの間にか駆け付けた救急隊員の人が後ろに引き、斗真から離される。




「血圧、心拍数ともに弱まってきています…‼」


「まずいな 一刻の猶予もないぞ 早く近くの緊急病院へ‼急げ‼」




斗真に群がる隊員たちの隙間からかすかに見え隠れする、応急処置。


焦りにまみれた隊員たちの顔と、嫌に緊張した空気。




「かわいそうに…。ありゃもう助からないな…」


「まだ こどもだっていうのにね…」




目が離せないまま、耳に届く周りの哀れみの声。


そのなかで、一際はっきりした声が呆然とするあたしの背を軽くたたきながら耳に飛び込んできた。




「君‼この子の友達かなにかでしょ? 早く乗りなさい‼」




 声が出せずに黙ったままコクコクと何度もうなずきながら、斗真の乗せられた救急車に乗り込む。




すぐ目の前の斗真がとても遠い気がした。


(どうか…とうまが…とうまが…、助かりますように……‼)


外で無情に鳴り響く、サイレンを聞きながらあたしは、唇を噛み締め、眉間にシワを寄せるように強く手を握り合わせて、祈った。




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