残暑見舞い

@apollo37

それは、まるで世界がセイロになったような蒸し暑い夜で、

あたしはクーラーのない自分の部屋で先月号のポップティーンを読みながらこの季節を呪っていた。

遠くから太鼓の音が聞こえる。今夜は盆踊りらしい。

やだやだ。このあっついのに人ごみなんか行くもんか。というのは嘘で、実はちょっとだけ行きたかった。

同じクラスのサユリとショウコは渋谷のマルイヤングで買った浴衣を着て学校の先輩達と盆踊りに行くといっていた。

実はあたしも誘われたのだが、新しい水着とピアスを買って浴衣を買うお金が無かったあたしはふてくされて風邪を引いたと言って断ったのだった。

サユリもショウコも既に初めてのセックスを済ませていて、高校3年の夏、初体験を済ませてないのは仲間内であたしだけだった。

ひょっとしたら、20歳になるまでセックスできないんじゃないかとか20歳を過ぎたらもう一生セックスできないんじゃないかとかそんなことをぼんやり考えていると、窓の外からあたしを呼ぶ声がした。

「おい、テラウチ、オッス」

同じクラスのトガワだった。

「なによ、あんた、お祭り行かなかったの」

「男同士で行ってもつまんねえよ」トガワは近所の迷惑にならないように小声で喋っている。

「なに?聞こえない」

「バイクがあるんだよ。どっかいかねえか」

「えー」

「暑いしさ、海とか風吹いてて気持ちいいぞ」トガワはタバコを取り出し、火をつけた。

「わかった。ちょっと待ってて」

あたしは急いでだぼだぼのスウェットと成田山と書いてあるTシャツを脱ぎ、ピンク色のキャミソールとデニムのホットパンツに着替え、マスカラを引き、眉毛を書き、薄いピンクのルージュを引いて、部屋の外に出た。

「あれ、アネキ、どっかいくの」

弟のコウジローが廊下にいた。

「ちょっとね」

「デート?」

「うるっさい、行ってきます」

「あーアネキ、ちょっと待って、これこれ」

コウジローはサイフからコンドームを取り出したがあたしはそれを無視して階段を下りた。

両親が居間にいてテレビを見ている。

「ちょっと出かけてくるね」

「あら お祭り?」と母親が言った。

「そんなとこ」

「あまり遅くなるんじゃないぞ」と父親が新聞を読みながら言った。

「はあい」

「お小遣いあげるわね」と母親が5000円札をあたしに渡した。

「サンキュー」

「あまり無駄遣いするんじゃないぞ」と父親が新聞を読みながら言った。


「ごめん、おまたせ」

トガワはタバコを携帯灰皿に入れているところだった。あたしはトガワのそういうところは嫌いじゃなかった。

他にも、教室のスミに落ちているドクターペッパーの空き缶をさりげなくゴミ箱に捨てたり、ちょっとワルのくせにやけにさわやかな笑顔でおはようと言ってくるトガワのことをあたしはほんの、ほんのちょっとだけ気になっていたのだった。

「ほら、メットだ」

「ずいぶんピカピカのヘルメットだね」

「ああ、やっと免許取ったからよ、女乗せられるだろ、いっぱい」

「なに、あんた女のために免許取ったの」

「当然だろ」

「ていうか、もうあんたも18じゃん。車のほうがよかったんじゃないの」

「ヨツワは性に合わないんだよ」

「ふーん。まあいいや、行こうよ」

あたしとトガワはバイクにまたがり、海へ向けて出発した。

「おい」

「なに?」

「オッパイ当たってんぞ」

「あててんのよ」

そんなことを、言いながら。


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