第十二話 おっさん代官に会う


 奥まった所にある屋敷に到着した。


 馬車から降りて、代官が居る屋敷に入っていく、通された部屋で待つことになった。


 おっさんは、待っている部屋で代官とは関係がないことを考えていた。


「なぁイーリス。為政者は、なんで奥まった場所に居住を作る?」


 この代官の屋敷は、奥まった場所に作られている。

 領主の館は、元々は門に近い場所に作られていたのだが、今の代官になってから、場所を奥に移動させたいきさつがある。


「え?攻められた時に、指揮を取るため・・・。と、いう言い訳をするためでは?」


 イーリスの言い方も、おっさんに毒され始めている。

 本人は、気が付いていないが、以前のイーリスを知る者が聞いたら、驚くのは間違いない。


「それなら、奥まった場所ではなく、中央に作らないか?」


「え?あっ・・・。臆病だから?」


「臆病?確かに、臆病だろうけど、権力者たちは臆病だと認めないだろう?」


「はい。もちろんです」


「やつらは、何を恐れる?」


「え?権力を奪われるのを恐れるのでは?」


「違うな」


「え?」


「既得権益を奪われるのを恐れる。その中に、権力があるかもしれないが、権益が守られるのなら権力を手放すだろう」


「・・・。まー様。それが、居住の位置と何が?」


「奴らは、臆病で、権益を守ることが大事だと考える」


「えぇ」


「奥まった場所にあるのは、自分が得た物を他人に渡したくないからだろう。持っている物が知られなければ、奪われる心配が減る」


「そうですね。でも・・・」


「奪われるのは怖いが、臆病者と呼ばれるのは、許せない。だから、奥まった場所で理由を付けて、自らを大きく見せているのだろう」


「そうですね。それなら、辺境伯が屋敷を中央よりも、門の近くに作っている理由がわかります」


 現在の領都は、代官になってから変わってしまっている。街並みには変化はないが、雰囲気や領都に関わる公共施設が変わってしまっている。

 屋敷の位置が変えられたのも一つだが、元々の領主の屋敷はそのままで残されている。イーリスが最初に、滞在を希望した場所が、旧領主の屋敷だが、代官によって却下された。準備が整っていないという理由だ。護衛の準備ができていないのが、大きな理由だと告げられていた。


「そうだな。あとは、兵の配置でも、為政者の素性がわかるぞ」


「え?」


「王都では、屯所はどこにある?」


「・・・。貴族街とスラムの近くに一つ・・・。あとは、王城の周りです」


「それから読み取れるのは?」


 おっさんは、挑戦的な目つきで、イーリスを見つめる。

 イーリスも、おっさんに試されているのだと解っているが、おっさんからの質問にどうやって返すべきなのか考えていた。


 ノック音で、イーリスの思考が打ち切られてしまった。


「はい」


「ダントン様の準備ができました」


「わかりました」


 扉が開けられて、メイド服の女性が頭を下げているのが解る。

 おっさんは、少しだけ不快な表情をメイドに向ける。


「案内をお願いします」


 イーリスが切り出したので、おっさんは黙って案内に従う事にした。

 おっさんの中で、代官のダントンに対する好意がマイナス方向に作用した瞬間だ。元々、マイナス方向に傾いていたのだが確定した。


 メイドを先頭にして、イーリスが次に続いて、おっさんがその後ろに着いて行く。武器は、屋敷に入る時に、預けているが、スキルが存在する世界では、意味がない。おっさんは、スキルが利用できる状況なのは確認している。


「こちらです」


「ありがとう」


 イーリスが礼を口にするが、おっさんは何も言わない。従者のフリをしている。


「ダントン様。お客様を、お連れいたしました」


「入ってもらってください」


 扉が開けられて、メイドが恭しく頭を下げる。扉を押さえる。部屋の中には入らない。


 イーリスが最初に部屋に入って、おっさんが後に続く。


「ようこそ」


 仰々しく腕を広げて歓迎を示す男が、領都の代官を勤めている男だ。


「突然の訪問で失礼しました。ダントン殿」


「いえいえ。本来なら、お出迎えしなければならないのは、私です。イーリス殿下。どうぞ、飲み物は、ワインでよろしいでしょうか?それとも、酒精は強いのですが、王都で流行っている。蒸留酒も取り寄せています」


「いえ、いりません」


 イーリスが断りの言葉を口にすると、嫌らしい笑顔で何かを言い出しそうになった。


「ダントン殿」


「なんだ貴様は、従者風情が口を挟むな!イーリス殿下。このような者を側においては、殿下としての品格に影響します。従者を変えられるか、教育されたほうがいいでしょう。儂に、預けていただければ、従者として仕上げて見せます」


 ダントンはおっさんを見ながらニタニタしている。自分の都合がいい従者をイーリスにあてがうことができれば、自分の権力が強化されると本気で思っているのだろう。


 おっさんは、ダントンの言葉を受けて、イーリスが座ろうとしているソファーに先に腰を降ろす。


「それは失礼しました。勇者召喚で呼び出された者です。俺と貴殿ではどちらが国として重要なのか、じっくりとご教授を願いたいです。どうやら、俺が王都に居るときに、辺境伯やイーリスから聞いた話と、貴殿の常識が違うようなので、認識を合わせた方がよさそうだ。辺境には辺境の考え方があるのだろう。あまりにも常識が違いすぎる」


 おっさんは、一気に言い切ってから、持ってきていた蒸留酒の蓋を外して、喉に流し込む。

 そして、ダントンを正面からしっかりと見つめる。


「・・・」


「ダントン殿。座ったらどうだ?俺に、いろいろと教えてくれるのだろう?イーリスも、立っていないで座ったらどうだ?」


 ソファーに座るようにいうが、ダントンはどうしていいのかオロオロし始める。

 権力を使おうとする者は、権力に弱い。ダントンは、辺境伯の後ろ盾が自分にはあると思っている。イーリスの権力基盤は、辺境伯だけだ。そのために、イーリスが訪ねてきたのは、辺境伯のご機嫌取りだと考えていた。

 その場で、イーリスが連れていた従者がミスを犯したのだ。もしかしたら、イーリスが手に入る可能性を想像して、饒舌になってしまった。


 しかし、その相手が自分の権力を上回っているだけではなく、上司が頭を下げて従うべき者だ。

 イーリスだけだと報告を受けていた訪問者が、イーリスよりも上位の人間がいるとは考えていなかった。イーリスたちも、代官への面談を、イーリスと客人の挨拶だとだけ伝えてあった。


 イーリスは、おっさんの顔を見てから、しばらくは終わらないだろうと思った。実際に、おっさんは臨戦態勢を整えている。武器やスキルではなく、言葉の刃を磨いている。イーリスは、長くなりそうだと考えながら、おっさんの横に腰を降ろした。


 対照的なのは、ダントンだ。

 目まぐるしく、頭の中で”保身”の考えを巡らせるが、答えが見つからない。


 おっさんとイーリスを交互に見ながら、どうしたら切り抜けられるのか考えている。


「いい加減に座ったらどうだ?俺やイーリスが、貴殿をいじめているように見えるだろう?」


 おっさんは、持ってきている蒸留酒をまた喉に流し込む。

 実際には、酒精はかなり強いのだが、おっさんには毒素を分解するスキルがある。パッシブではないが、かなり鍛えられていて、意識して緩めないと酔えない。今は、例えスピリタスを一気飲みしても、おっさんは酔う事はない。もったいないので、普段は意識して”酔う”ようにしている。


「まー様?」


「あぁイーリス。さっきの答えだけどな?」


「え?」


 イーリスの目には、その話を”今”する意味があるのですか?と、おっさんに聞いているが、おっさんは、気にしないで話を続ける。


「兵が常にいる場所から、その領地の特徴が解るという話だ」


「はぁ・・・。部屋で待っている時の話ですか?」


「そうだ」


 おっさんのイーリスの前で立ち尽くしているダントンは、なんの話が始まっているのか解らないで、また固まってしまった。


「イーリス。領都に来た事は?」


「前に何度か?」


「フォミル殿が居た時か?」


「そうです」


「その時に、兵が居た場所を覚えているか?」


「え?うーん。屋敷の近くには、数名ですが、門の近くに配置されていたと記憶しています。あと、街の中央広場近くです」


「今は?」


 おっさんは、そういうと、立ち尽くしているダストンに目を向ける。

 自然と、イーリスもダントンを見る形になってしまう。


 二人に見られた、ダントンは言い訳を考えるのに必死で、二人の話は聞いていなかった。

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