第十一話 おっさん諭す


 馬車は、行き先が変わった。

 イーリスの目論みが判明したことで、おっさんが馬車の行き先を変更させた。まずは、宿に行って、荷物を置いてから身支度を整える。


 おっさんが提案したのは、カリンとバステトを宿に置いて、”おっさんとイーリスで代官に挨拶を行う”と、いうものだ。最初は、カリンが自分も行くと言い出したのだが、イーリスがカリンにはやって欲しいことがあると、伝えることで引いてもらった。


 おっさんは、イーリスが代官に会う必要があると言っていた。

 しかし、おっさんには、不明瞭なことがある。イーリスを問い詰めてもいいとは考えていたが、イーリスの”心”の問題だと考えている。わざわざ問い詰めなくても、説明を求めるチャンスが訪れるだろうと思っている。


「まー様?」


 無遠慮な視線をイーリスに向けていたので、イーリスが不思議に思って、おっさんに話しかける。

 おっさんは、イーリスの呼びかけで、意識をイーリスの考えにスライドさせる。カリンも居ないので、丁度いいタイミングだと考えて、これからの会話の道筋を考える。


「どうした?」


 イーリスとしては、おっさんが自分を見ていたように感じたので、話しかけたのであって、何か話したいことがあったわけではない。

 むしろ、イーリスとしては、おっさんと話をしないで、代官が執務を行っている屋敷に到着したかった。


「いえ、ありがとうございます」


 頭をさげて、会話を終わらせることにした。”ありがとうございます”に、いろいろな意味を込めたのだが、おっさんなら解ってくれると考えた。

 イーリスは、おっさんやカリンを好ましい人物だと思っているが、おっさんと二人で会話をするのは苦手としていた。楽しい話や、自分には考えられないことを、聞けるので会話をしたいとは思っているのだが、おっさんと二人で話をしていると、会話で見られたくない部分を、暴かれる感じがしている。


「いいよ。どうせ、代官には、いずれ会うことになっていただろう」


 イーリスの感情を察しているのか、表情からは読み取らせない。飄々とした語り口で、イーリスに話しかける。


「はい」


 二人は、領地の運営が行われている建物に向かっている。

 宿屋が用意した質素な馬車に乗り換えている。乗ってきた馬車は、カリンが使う事になった。護衛も、半分はカリンに付いている。


 イーリスは、弛緩した空気に安心して、馬車の窓から見える、流れる景色に視線を移した。


「それで、イーリス。何を隠している?」


 いきなりの問いかけに、イーリスは視線を戻して、おっさんを見つめてしまった。


「え?」


 口から出たのは、おっさんに対する疑問ではない。驚いてしまっただけだ。


「代官の事ではないな。そうだな。代官の息子か?問題があるのだろう?」


 おっさんが口にした想像は、”よくある話”だ。

 イーリスは、代官の問題行動を情報として提示した。これは、隠しておきたい情報があると想像ができる。おっさんは、イーリスの表情や態度から、隠されている情報に”あたり”を付けただけだ。


「え・・・。なぜ?まー様?ご存じのはずは・・・」


 イーリスの返答を聞いて、おっさんは、想像が悪い方向に当たっていると確信した。イーリスは、”なぜ?”と疑問を口にする前に、否定すべきだった。


「半分は、”感”だ」


 ”なぜ”の回答としては、最低の答えだ。イーリスが、違和感を持てれば・・・。気が付いていれば、おっさんの言葉から問い詰めることができる。

 ”感”が、何に由来する事なのか?”感”は、おっさんに染み付いた技能から成り立っている。しかし、イーリスはおっさんの”感”というセリフを、”馬鹿にされている”と感じてしまって、言い返す形にしてしまった。


「”感”ですか?残りの半分は?」


 そのために、イーリスは”半分”という部分に食いついてしまった。

 残りの半分もなにも、おっさんが”代官の息子”だと答えたのは、おっさんの経験から導き出した言葉なのだ。そこを突っ込んでも、イーリスが得る物は何もない。でも、人は”単純な疑問”ほど答えが単純だと勘違いしてしまう。イーリスも、おっさんが仕掛けた思考の罠に嵌ってしまった。


「外しているのなら、質問の前に否定しないと、ダメだぞ?俺の心証としては、『イーリスは何かを”まだ”隠している』ことになっている」


 カリンが居る時に話した内容を引っ張り出して、おっさんはイーリスの思考を別の場所に誘導する。


「え?あっ・・・」


 見事にイーリスの思考は、おっさんが言った”代官の息子”の話に戻されてしまった。


「それで?」


「ふぅ・・・。代官の息子が、代官の・・・。領主の力が自分にあると思うような人で・・・」


「そういえば、フォミル殿には、跡継ぎは居ないのか?」


 いきなり話を飛ばすが、話の確信部分に相当する。おっさんは、イーリスの思考を誘導しながら、情報を引き出し始める。


 辺境伯領で、代官の息子程度が好き勝手にできるとは思えなかった。

 他の愚鈍な貴族ならわかるが、おっさんには辺境伯がそんな人物を放置しているとは思えなかった。


「はい。数年前に・・・」


「そうか、それで、王都に居るのだな」


「え?」


「自分と、そうだな。家族が安穏に過ごすはずだった場所。その生活に必要なピースが欠けたのだろう?まだ、楽しかったことを思い出したくないのだろう?だったら、この街で過ごしたいとはおもわないよな?そして、もしかしたら・・・。いや、辞めておこう」


「まー様」


「悪い」


「いえ、大丈夫です。それよりも、代官の息子。リヒャルトと言うのですが、権力を使うのも、奴隷を買うのも、自分に許された権利・・・。特権だと思っているようなのです。自分は選ばれた者だと、そして、フォミル殿の後は自分しか居ないと・・・」


「愚かだ」


 おっさんの低く今までにない声色に、イーリスは”ドキッ”とした。

 ”怖い”という表現が正しいのだが、それ以上に、おっさんがなぜ、感情を露わにしたのか気になった。


 おっさんは、何に感情を揺さぶられたのか・・・。


「え?」


「力・・・。特に、権力は、譲られたにしろ、奪ったにしろ、その為の努力が意味を持つ」


 声色が戻って、普段と同じようには取り繕っているが、明らかに嫌悪感を含んだ物の言い方になっている。


「はい」


「努力もしないで、譲られるのを待っている権力に何の意味もない。そして、楽に手に入れた権力は、権力を持った者を蝕み、周りに浸食する」


「・・・」


 イーリスは、おっさんの言っている内容が痛いほど理解ができてしまった。普段から感じている内容を、言葉にされた。

 そして、納得してしまっている自分に唖然としている。


「心当たりがあるのだろう?」


「・・・。はい。ありすぎます」


 イーリスは声を絞りだす。絞りだすしか、表現する方法が思い浮かばなかった。

 思い浮かんだ顔を、頭の中から振り落とすように、頭を振る。嫌悪の感情さえ持っている。


「権力は、手に入れた手段を問題にしてはダメだ。手に入れて何をするのか?何をしたのか?が、大事だ。そして、それはその者が、権力を得る前にも、片鱗を見ることができる」


「片鱗?」


 イーリスとしては、権力を持って変わってしまったと”思いたかった”。


「例えば、食事をするときに、ホストなのに客よりも先に飲み始める。ゲストの時に、ホストの話を聞かない」


「あっ」


「簡単に言えば、その場、その場での関係があるよな?それを、自分の力だと勘違いをするのは、権力を手に入れても同じことを行う」


「・・・。そうですね」


 イーリスは、自分の考えが、思いが、おっさんに見抜かれているのではないかと恐れ始めた。

 表情を消して、おっさんの言葉に耳を傾けようとしている。


 表情を読まれなければ・・・。


「なぁイーリス」


 おっさんは、イーリスの表情から、覚悟を決めた者たちが持つ特有の匂いを感じ取った。

 昔、遠い昔に、親友と呼べる人物が同じ表情をしていた。そして、親友は自分の信じる”正義”を遂行した。


「なんでしょう?」


「別に、隠し事はいいよ。俺にも、カリンにも隠している事はある」


「・・・。はい」


「自分の心を殺してまで隠す必要があるのか?」


「え?」


「何を考えているのか解らないけど、自分をうまく騙せないのなら、隠さないほうがいいぞ?心が壊れてしまうぞ」


「まー様。しかし、これは・・・。私の、私たちの・・・」


 イーリスは、窓から外を見る。


「まー様。少しだけ遠回りしますが、よろしいですか?」


「あぁ」


 イーリスは、おっさんからの許可を貰って、御者にルートの変更を告げる。

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