第十二話 おっさん部屋に入る


 イーリスから話を聞いてから、まーさんとカリンは部屋に移動した。


 割り当てられた部屋は、隣り合っている。


 まーさんは、ベッドで横になると、目をつぶった。疲れていると認識はしているが、眠いわけではない。


(異世界転移か・・・。シンイチ辺りが聞いたら喜ぶか?それとも、カズトの方が好きそうな展開だな。意外な所では、ヤスシ辺りも好きそうだな。シンイチは過労死だったな。カズトも取引をしていた会社を首になった奴に殺された。ヤスシもトラックごと行方不明。あいつらとサクラとカツミだけか・・・)


 まーさんは、20歳を越えて就職した。家が、有名な政治家一家だが、まーさんはその権力飲む使うことが出来なかった。高校卒業後に、親が進める強制した大学には進まずに、父親には関係がない企業に就職した。しかし、同窓会で発生した事件をきっかけに名前を捨てた。

 その事件は多くの者の人生を破壊した。中学時代に発生していた虐めが原因だった。まーさんは、犯人に友達を殺されている。しかし、犯人を恨んでいない。犯人に共感さえしている。殺されても仕方がないと思えることを友達はしていた。まーさんは、事件の解決に尽力した。そして、事件の真相が判明した時に、名前だけではなく、地元を捨てた。都会に移り住んで、事件を解決した時に協力した友とだけ連絡をしていた。


(事務所の家賃の前払いは、10年分以上は残っている。それに、美和の所に連絡が行くだろう。そうしたら、うまく処理してくれるだろう)


(タクミとユウキの子供にも会えたし、心残りは、奴の出所に立ち会えなかったことだけだな)


---

 まーさんが、召喚された日本で起こっている状況に関しての考察をしている時間に、カリンは自分のステータスを眺めていた。


(聖女なら、回復魔法とか浄化魔法だと思うけど・・・。錬成って何に使うのだろう?)


 魔法を発動しようとしているが、イメージが難しく発動には至っていない。


(うーん。何か、身体から抜けているような感覚があるから、魔法の発動は間違っていない・・・)


(やっぱり、詠唱が必要なのかな?うーん。闇とか言われても、ゲームの知識しかないからな)


 カリンは、魔法を発動させようとしていた。

 好奇心が動機の殆どだが、魔法が使えればまーさんの手伝いが出来るのではないかと思っているのだ。

 糸野いとの夕花ゆうかは、高校生だ。それは、間違いではない。裕福な家の子どもたちが通う学校に在籍していた。3年前に、事件で父を亡くしたが、”被害者”だと判断された。事業は一時的に傾いたが、母と親戚が事業を立て直した。しかし、この状態は長く続かなかった。夕花ゆうか以外の家族が””したのだ。

 学費の高い学校に通っていた夕花ゆうかは、遺産で支払うつもりでいたが、法律の壁が夕花ゆうかの思いの邪魔をした。未成年だった夕花ゆうかは生活に必要な金銭以外を得ることが出来なかった。実際には、夕花ゆうかの金なのだが、親戚後見人が管理という名目で好き勝手にしたのだ。


 そして、学校をやめることにした。元々、親戚からの強い要望を受けて入った学校で、夕花ゆうかが望んで入った学校ではなかった。編入先の学校は、家の近くにある公立高校で夕花ゆうかは安堵した。


 しかし、学校に編入する前に、神田小川町で召喚された。


(日本に心残りは無い。私が急に消えたら、警察とかが私の家を調べる。そうしたら、おじさん達がしていた内容を調べてくれるかな?)


 カリンは、自分の偽造されたステータスと、偽造される前にメモで残したステータスを見ている。


///スキル

/// 錬成

/// 看破

/// 隠蔽

/// 収納

/// 魔術

///  聖

///  闇

/// 生活魔法


(魔術の”聖”と”闇”はわかる。看破と隠蔽もわかる。収納も便利だから必要だ。”錬成”は何が出来るのか一切わからない。それに、記憶が正しければ、”錬成”にはレベルがなかった。生活魔法と同じ・・・)


 ”錬成”は、特殊なスキルで使えるものがドワーフ族やエルフ族の一部にしか存在しないスキルだ。すごく希少なスキルなのだ。


 カリンは、魔法の実験をしながらベッドに身体を預けて目をつぶった。


---


 まーさんとカリンが、部屋のベッドで横になっている頃、イーリスは意外な人物の訪問を知らされた。先触れが来て、10分位で到着すると教えられた。


「ラインリッヒ辺境伯様」


「イーリス殿下。儂に、様付けは必要ない」


「ラインリッヒ辺境伯閣下。殿下はやめてください」


「イーリス様。儂は、イーリス様を支持する派閥をまとめているだけの者です」


 イーリスは目の前に座る人物が苦手だ。それでなくても、派閥の長で、研究所の出資者スポンサーなのだ。


「・・・。わかりました。ラインリッヒ殿。今日の訪問の意図を教えて下さい」


「イーリス殿とロッセルが、匿った二人の異世界人エトランゼのことを知りたいと思っただけじゃ」


「・・・。ご子息にご報告致しましたが?」


「聞いている」


「なら!」


 イーリスが激高しかけるのにも理由がある。

 二人は、王城で過ごしていることになっている。目の前に座るご老人が、普段なら絶対に足を運ばない”研究所”を訪れたのだ。目端の利く人間あら、”研究所”に何かあると考えても不思議ではない。イーリスが所長を務める研究所が、初代勇者に関わる書物や伝承の研究をしているのは有名なことだ。紐付けて考える者が出てきても不思議ではない。


「解っている。儂は、王城に居ることになっている」


「え?」


「息子が、儂の部屋で、身代わりをしている」


「なぜ、そんなことを、私を呼び出して貰えれば・・・」


「それも考えたが、呼び出した方が不自然に見える。違うか?」


 イーリスは、辺境伯を睨むように見る。言っていることが全面的に正しいのは解っている。

 辺境伯が”王女”を呼び出すのは不自然に見えてしまう。尋ねるには、時間も場所も都合が悪かった。


「・・・。わかりました。ラインリッヒ殿は、何をお知りになりたいのですか?」


「勇者たちの人となりはわかった。国王や宰相にお似合いじゃ」


「・・・」


「息子から、愉快な話を聞いたので、その真意を確認したかったのだが、まーさんは既に寝てしまったのか?」


「わかりませんが、お疲れのご様子でした」


「それもそうだな。イーリス殿は、まーさんの話を聞いて、”どう”考えた?」


「どのお話でしょうか?」


「イーリス殿が、感じたことをおしえてくれ」


 イーリスには、まーさんが語った話は衝撃が強すぎた。特に、イーリスたちが認識している本当の初代に関する内容は、すぐにでも検証を開始したいことだ。それに合わせて、初代のことが書かれた文献の解読方法が分かる可能性がある。しかし、イーリスがまーさんに対する感情は、違った、もっと人として感じる物だった。


「ラインリッヒ殿。私は、まーさんが怖いと思いました」


「”怖い”か、愚息と同じ意見だな。ロッセルは、”理解できない”と言っていた」


「・・・。ラインリッヒ殿?」


「イーリス殿が、愚息と同じように感じているとは思わなかった」


「え?」


「まーさんという御仁が”同郷の若者を切り捨てようとしたから怖い”と言っていたが、イーリス殿も同じか?」


「あっ。違います。私は、単純に”何を考えているのかわからない”ので、怖いと表現しました」


「そうか、どちらかというと、ロッセルと同じだな」


「はい」


「ふむぅ・・・。まーさんという御仁は、”賢者”ではないのか?」


「わかりません」


「”わかりません”なのか?」


「はい。まーさんに関しては、何もわかりませんでした」


「”見た”のじゃな。それで?」


「見えませんでした」


「イーリス殿が見えなかった?」


「はい。何かに、守られている印象がありました。見ようとすると弾かれました」


「それは、”怖い”な。もうひとりは、”聖女”だったのか?」


「・・・。はい。間違いありません。今は、偽装を施して居て、確認は”不可能”ですが、最初に見た時には、”聖女”でした」


「そうか、イーリス殿は、聖女に偽装を施したのが、まーさんだと考えているのだな?」


「はい。聖女様・・・。カリン様のスキルには、隠蔽はありましたが、偽装はありませんでした」


「そうか、イーリス殿。儂とまーさんが自然な形で話せるようにして欲しい。できるか?」


「難しいと思います。ご子息も、見抜かれました」


「それは、”怖い”と表現されてもしょうがないな。それなら、正式に”辺境伯”として面会を申し込んだ方がいいようだな」


「はい。その時には、私ではなく、王城のまーさんたちの部屋の前で、護衛をしている者に申し込んでください。それが自然な流れです」


「わかった。それでは、夜分に訪ねて悪かった。明日、もう一度、面会を申し込みに行く」


「わかりました」


 イーリスは、ライリッヒ辺境伯が出ていく扉を見つめてため息をついた。

 ラインリッヒ辺境伯は、派閥の重鎮だ。旗頭と言ってもいいだろう。イーリスの研究のスポンサーでもある。そして、まーさんとカリンを保護しろと言い出したのも、ラインリッヒ辺境伯なのだ。”なぜ”保護しろと言い出したのかも説明されていない。イーリスを訪ねて来たのも、別の目的が有ったように思えてならないのだ。


 イーリスは、明日からのことを考えて頭痛にも似た痛みを感じていた。


(はぁ・・・)


 イーリスの何度目かのため息は、開けられた窓から外に出て、誰にも聞かれることが無かった。

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