平和な風景

@apollo37

昔から、公園とか、デパートの屋上とか、そういう

人々が幸せそうに過ごす場所が怖かった。

子供と遊ぶ親たち、バドミントンとかそういう軽いスポーツをするカップル、ベンチに座り、談笑する学生達。

その中には必ず、孤独と絶望に蝕まれた異常者が潜んでいて、いつその幸せな風景をぶち壊しにするか、そういった事を想像してしまって、おれはそんな場所でいつもビクビクと周りを見渡していた。

この公園だってそうだ。東京から私鉄で1時間、通勤圏内のベッドタウンにあり、市が出資した大きな公園にはたくさんの遊具、緑、屋内プール、多目的グラウンドなどが設置されていて、休日ともなると家族連れやカップルでにぎわっている。

おれはよくこの公園に犬を連れて散歩に来ている。芝生に座り、犬の腹をなでながら、幸せそうな人々を眺めると同時に、異常者が潜んでいないか、注意を払っている。ばかばかしい。そんなものは映画や小説の中にしかいるわけねえ。そう思いつつも、拭い切れない不安が心の底に根付いていて、少し不審な男を見かけると、じっとその男の挙動を見張っていたりするのだった。


「ほら、わんわんだよー、かわいいねえ」

見上げると、若い母親と幼い女の子が犬にかまっている。まっしろな、無垢な、瞳。

「こんにちは」

おれは微笑んで、幼児に話しかけた。噛まないから大丈夫だよ、なでてあげてね。

母親は、まず自分がなでてみて、女の子に大丈夫、ということをわからせている。ウチの犬は決して噛まない。

時々、寝ているときに抱きかかえたりするとうなり声をあげるが、そんなのは人間だって一緒だ。犬も、人間も、寝てるとこを無理やり動かしたりすれば不機嫌になるに決まってる。おれはそうやって犬に接してきた。立派な飼い主かどうかはわからないが、不愉快に思えば感情のままに叱り付けたし、最近はなくなったが、噛んだりした場合には顎をつかみ、床に押し付け、それがいけない行為だとわからせる。きっと、子供ができてもそうするだろう。

女の子が犬の頭をなでている。犬は気持ちよさそうに目を細め、女の子の手の匂いをかいだりしている。その度に女の子はキャアなどとおどけ、笑っている母親の足にしがみついたりしている。ああ、この風景は良くない。きっと、真っ黒なコートに身を包んだ男が突然現れ、懐から出刃包丁を取り出し人々を切りつけ始めるに違いない。

「名前はなんて言うんですか?」と母親がおれに尋ねる。まめです。女の子ですよ。

まめちゃんだって。いいこいいこしてあげてね。日曜日の昼下がり。太陽と風があり、緑が眼にまぶしい。雨の匂いがする。昨日降った雨が蒸発しているんだろう。むせ返るような芝生と雨の匂いの中に、おれ達はいた。

「あら、ちょっと、コバヤシさん」

別の若い女がこっちに向かって呼びかけた。女の子の母親はあら、こんにちは、とそっちに向かって歩き出す。

女の子は犬をなでて笑っている。

「ねえ、おじょうちゃん、お名前はなんていうの?」俺はその女の子に訊いた。まり、とその子は答えた。

「まりちゃんは、なんさい?」

ええと、と女の子が指を折って数えていると、母親が「まりちゃん、こっちにいらっしゃい」と呼びかけた。

女の子は、はあい、とそっちに向かって歩き出す。おれは、その子の手を取り、腰のベルトに装備していたサバイバルナイフでその子の耳の下を抉った。

吹き出す血の中で、平和な風景が続いていた。

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