第302話 帰宅

 俺たちはふと気付くと、綺麗な満月と満天の星の下にいた。


「帰ってきたのだ。ケーテたちは帰ってきたのだな?」

「ああ」

「やったのだ!」


 ケーテは嬉しそうに尻尾を揺らす。


「ケーテ。上に人が乗っているんだから、尻尾を揺らすのはほどほどにしてくれ」

「そうだったのだ。すまぬ。つい」

「気持ちはわかるぞ。ケーテ」


 エリックも感慨深そうに空を見上げている。


「やったわね! パパ」

「そうだな、セルリス」


 ゴランとセルリスの親子も喜び合ってハグしている。


「父やニアに自慢できるでありますよ。ねーガルヴ」

「がうがう!」


 シアとガルヴも互いに無事を喜んでいた。


 俺は黙って夜空を見つめた。

 十年間戦った後、魔神王を倒して次元の狭間から出たときも夜だった。

 そのときの空と、今の空はよく似ていた。


 エリックが俺の右横に立つ。しばらく黙って一緒に夜空を見つめる。


「……ラック」

「……どうした?」

「最後まで、ともに戦えて。ともに帰ってこれた。それが何よりも嬉しい」

「……泣いているのか?」

「泣いてない」

「……そうか」

「こぅ」


 俺の懐から顔だけ出したゲルベルガさまが、俺とエリックの顔を交互にみて小さく鳴いた。


「うむ。よかった、実によかった」

 そう言いながら、ゴランが左腕で俺の肩を、右腕でエリックの肩を掴む。


「……よかった」

「ゴラン、泣いてるのか?」

「泣いてない」

「……そうか」


 しばらく三人でそのまま過ごした。

 すると、下からケーテが遠慮気味に言う。


「……おーい。おっさんども」

「どうした?」

「連絡しなくていいのか? いや、ケーテが心配しなくても、みんなしっかりしているから抜かりはないのかも知れないのだが」

「あっやべえ」


 ゴランが慌てて通話の腕輪を使って、連絡を始める。

 冒険者ギルドに連絡しているのだろう。


 エリックも同様だ。直属護衛兵や枢密院に連絡しているのだろう。

 そして、俺はフィリーに呼びかける。


「フィリー、聞こえるか?」

『聞こえるぞ。はっきりとな。つまりロックさんたちは戻ってこれたのだな?』

「ああ、こちら側に戻ってこれた」

『敵は無事倒せたと考えてよいのか?』

「ああ、大体倒した。そちらの状況は?」

『神の加護を強化して再発動させることで、邪神の加護を上書き、いや消し飛ばした』

「おお、流石フィリー。期待以上の働きだ」

『フィリーだけの力ではない。王妃陛下のお力が大きい』

「そうか。流石はレフィだ」

『そんなことないわよ、ロック。フィリーは天才ね』


 レフィがフィリーの後ろから話しかけてくる。

 フィリーは『そんなことありませぬ』とか言っている。

 侯爵家の娘として育てられたフィリーは王家の人間には貴族っぽい振る舞いをしてしまうのだ。


「少し待て。……エリック。フィリーとレフィが神の加護を再発動させてくれたようだぞ」

「……おお、やはりそうか」

「一言なにか言ってやってやれ」


 すると、エリックは近づいてきて俺の通話の腕輪に語りかける。


「わかった。フィリー嬢。此度のことメンディリバル王国国王として感謝する」

『もったいなきお言葉』

「褒美は期待しているが良い」

『恐れ入り奉ります』

「そして、レフィ」

『なにかしら。エリック』

「ありがとう」

『気にしないで。エリックも大変だったでしょう? 怪我はしてない?』

「まあ……それなり大変だった。だがラックたちが居たからな。怪我はかすり傷ばかりだ」

『そう、それならいいのだけど』


 それからしばらく会話をして、通話を終える。

 エリックとゴランは各種指示で大忙しだ。

 だが、俺は比較的暇である。

 エリックとゴランが忙しく指示を出している横でガルヴとゲルベルガさまにお礼を言いながら撫でていた。


「ロックさん。ここはどこでありますかね?」


 そうシアに尋ねられて、改めて夜空を見る。そして周囲の地形を観察した。

 山の形などに見覚えはあった。


「王都からそう離れていなさそうだ」

「そうなのね! ロックさん、あそこに見えてるのってどこかの道よね」

「この道を向こう側に進めば王都に着くだろうな」


 そんな会話をしていると、王都の反対側の方向から走ってくる人が見えた。

 今のケーテは竜形態だ。だというのに逃げずにこちらに向かってくる。


「あ、モルスか」


 ケーテが走ってくる人を見て呟いた。

 モルスは水竜の侍従長の子だ。

 昨日、アリオとジニーと一緒にヴァンパイアに支配された村に対処するために残ってくれたのだ。


「ロックさん、それに皆さんも。ここで会えるとは幸いです。ご無事で何よりです」

「モルスは何があったのか知っているのか?」

「はい。ロックさん。勿論です」


 どうやら、あれから水竜の侍従長モーリスの指示に従って、神の加護を失った王都に向かう敵を退治してくれたらしい。

 そして今はそれを終えて、アリオとジニーを迎えに行って一緒に王都に帰る途中だという。

 アリオとジニーは竜の背に乗るのが恐いので、モルスも人の姿で同行しているののだ。


「ということは、アリオさんとジニーさんもいるのでありますね」

「はい。そこに……」

「や、やあ」

「ご無事で何よりです」


 木陰からアリオとジニーが出てくる。


「せっかくだ。王都まで送ってやるのだ。アリオ、ジニー。ケーテの背に乗るが良いぞ」

「ええ……それはちょっと」

「遠慮するではないのだ」

「大丈夫。俺がカバーするから落ちることはない。大船に乗ったつもりでいいぞ」


 不安そうなアリオたちは、俺がそう言ってやっとケーテの背に上る。


「ひっ、陛下」「へ、陛下?」


 背の上って、アリオとジニーはは初めてエリックに気がついたようだ。

 夜で見づらかった上に、ケーテは大きいので影になっていたのかも知れない。

 アリオとジニーは跪く。


「ああ、また会ったな。ご苦労だった。そして竜の背で跪く必要は無い」


 通話の腕輪を通じての指示出しをいったんやめて、エリックはアリオたちに笑顔で言った。


「エリック、ゴラン。王都に戻るぞ。構わないか?」

「ああ、頼む」「任せる」

「ケーテ、王都に戻る。アリオたちがいるから、ゆっくり静かに飛行してくれ」

「わかったのだ! モルスは付いてくるが良い」

「御意」


 ケーテはゆっくりと夜空に飛び立った。すると竜の姿にもどったモルスが後ろを付いてきた。


「昼間だと景色が綺麗なんだがな」


 夜なので真っ暗だ。地面を見てもほとんど何も見えない。

 逆に見えない方が恐くなくていいのかも知れない。


「ロ、ロックさん」

「どうした? アリオ」

「さっき陛下のこと呼び捨てにしてたよな。どういう関係なんだ?」

「まあ、いろいろな。後で話すこともあるだろう」

「そ、そうか」


 その間もケーテはゆっくりと飛ぶ。

 ゆっくりと言っても、ケーテ基準でゆっくりと言うことだ。馬よりも何倍も速い。

 あっという間に王都が見えてくる。


「……無事だな」


 エリックがほっと胸をなで下ろす。

 王都を囲む城壁に壊れたところもなかった。建物も大きく壊されたりもしていないようだ。


「どこに降りるのだ? いつも通り王都から離れた場所におりたほうがよいか?」

「いや、王宮に直接降りてくれ」

「よいのか?」

「ああ、夜だしな。それに王都の民も、昨日今日と竜は沢山見たはずだ」

「それもそうだな!」


 ケーテは王宮に、静かに降りる。


 枢密院の官僚や直属護衛、近衛騎士たちが出迎えてくれた。

 そしてレフィと二人の王女も待っている。

 エリックがケーテの背からに降りると王女がエリックに抱きついた。


「お父さま!」「パパ!」

「もう夜遅いのに、起きて待っていてくれたのか?」

「うん、お父さま、お帰りなさい」


 そしてレフィが笑顔で言う。


「エリック。お帰りなさい」

「ああ、ただいま」


 ゴランの妻にしてセルリスの母、リンゲイン王国駐箚全権大使マルグリットも待機していた。

 ゴランとセルリスとの再会を喜んでいる。


 恐らくマルグリットはリンゲイン大使館が敵の本拠地になっていたことに関して、色々対応するために来たのだろう。

 エリックもマルグリットも忙しそうだ。


 ゴランも忙しいだろうが、敵を殲滅しきった今となっては、エリックたちと比べたら暇に違いない。


 そして、敵が倒れた今となっては俺にはやることがない。

 だから、挨拶を済ませて、俺は自宅へと帰ったのだった。

 ちなみにアリオとジニーは馬車で自宅まで送られていった。

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