第301話 邪神との戦い

「これ、倒せるのであるか?」


 ケーテが不安そうに叫ぶ。


「頭部だけのときより、再生速度が上がってるな」

 そう呟いたとき、俺はふと違和感を覚えた。


「おや?」


 一部が再生せず欠けたままなのだ。

 時空爆縮で特にひどいダメージを受けた場所でもない。

 エリックやゴランの剣が斬り裂いた場所でも、ケーテの魔法が炸裂した場所でもない。


「……あれはガルヴの歯形と爪痕か?」


 俺はガルヴを見た。真祖が溶け始めたとき、ガルヴが爪で切裂き牙で噛みついた。

 その部分だけ、邪神は欠けたままだった。霊獣狼の力かもしれない。

 邪神が小さくなったときに、隠した疵痕が攻撃によってあらわになったのだろう。


「霊獣狼の特殊能力ってやつかもしれねーな」

「そうだな。心強い」


 ゴランとエリックはこちらを見ず、剣を振るいながらそう言った。


「ガルヴ。ついてこい! 前に出るぞ」

「ガウ!」


 俺はガルヴを連れて前進する。

 そのとき、斬り落とされ、地面に転がっていた触手が蛇のように動き始めた。

 そして俺とガルヴ目がけて襲いかかって来た。

 だが、蛇と化した触手は俺たちに到達出来なかった。


「させないわ!」

「こういうときのための予備戦力でありますよ」


 セルリスとシアが蛇と化した触手を斬り落とす。


「OOOOOOO」


 邪神は不気味な声を上げながら、魔法攻撃を開始する。

 暗黒光線が俺たち目がけて飛んでくる。


「危ないのである!」

 ケーテが、エリック、ゴラン、セルリスとシアに障壁を張って防いでくれる。


「流石だ、ケーテ」

「こいつ、急に魔法を打ってきたのである!」


 前回戦ったとき邪神の頭部は激しい魔法攻撃を繰り出してきていた。

 今まで魔法を使ってこなかったのは、未覚醒状態、つまり寝起きだったからかもしれない。

 これ以上時間をかければ、さらに覚醒が進み攻撃が激しくなる可能性がある。


 俺は触手を魔法で切り落とし、一気に邪神に接近した。

「ガルヴ!」

「ガァァァウ!」


 ガルヴが俺の横を駆け抜けて、邪神の胴体にがぶりと噛みつく。

 俺は暗黒光線の魔法を放つ。邪神の胴体の一部を炭にした。


「oooooooOOOOO……」


 邪神はうめき、ガルヴと俺に目がけて触手を振るう。

 同時に激しい魔法攻撃が、ガルヴに向かって繰り出される。


「そうはさせるか」


 俺はその攻撃全てを魔法で防いだ。 

 ガルヴはピクリともよける動作を見せなかった。しっかりと邪神に噛みついている。

 俺が完全に攻撃を防ぐと信じ切ってくれているようだ。


 ガルヴの強力な牙は邪神の胴体の肉をえぐり取る。そこは再生が明らかに遅い。

 それどころか、ガルヴに噛みつかれていたときに俺が魔法で焼いた部分の再生も遅くなっている。

 どれほど傷付けても一瞬で再生していた先ほどまでとは段違いだ。


「読み通りだ!」


 ガルヴの爪と牙で押さえられると、ダークレイスは特殊能力を使えなくなっていた。

 それに似た権能だろう。


「ガルヴ行くぞ! 皆、バックアップを頼む!」

「ガウガァウ!」

「おう、任せとけ!」


 ガルヴが噛みつき、俺は魔神王の剣で障壁を斬り裂いて邪神の身体を斬り刻む。

 俺とガルヴ目がけて振るわれる触手はエリックとゴランが全て斬り落としてくれる。

 斬り落とされた触手が蛇のように動き出すも、それはシアとセルリスが斬り刻んでいく。


 そして邪神の苛烈なる魔法攻撃はケーテが完全に防いでくれた。

 俺とガルヴは攻撃に専念できる。


「俺よりもガルヴの防御を優先してくれ!」

「ああ! わかってる!」


 俺は自分で魔法攻撃を防げるが、ガルヴは避けるしかない。

 ガルヴが噛みついている間に、俺は魔神王の剣で斬り刻み、魔法を打ち込む。

 すると、邪神の攻撃、特に魔法攻撃が激しくなっていく。


「ダメージ食らって覚醒がはやまったか?」

「それだけ追い詰められているってことかもしれねーな!」


 エリックとゴランは落ち着いて触手を撃破する。

 そして俺とケーテで魔法攻撃を防いでいく。

 魔法攻撃は暗黒光線を中心とした威力の高いものだ。

 かするだけで筋肉が炭になるだろう。


 実際、邪神の頭部と戦ったとき、俺は腕の筋肉を炭にされた。

 全身出現した邪神は、頭部の時より威力が上がっているはずだ。

 暗黒光線が皆に当たらないようにするために、俺は障壁を展開する。


「OOOOOOOOOOOO」


 邪神が鳴くと同時にますます攻撃が激しくなった。

 その全てを防ぐには、同時に複数の障壁を多重に張らなければならない。

 邪神の魔法攻撃が激しくなるにつれ、俺は攻撃出来ず魔法防御に専念せざるを得なくなる。

 とっさに横を見ると、少し離れたところにセルリスが居た。


「セルリス!」

 俺はセルリスに魔神王の剣を投げ渡した。


「えっ?」

 セルリスは驚いた様子だったが、魔神王の剣をしっかりと受け取った。


「剣を振るう余裕がない! 俺の代わりに頼む」

「わ、わかったわ!」

「こっちはあたしに任せるでありますよ!」

 シアが力強く言った。


 なぜセルリスに渡したのか。

 エリックとゴランの方が強いのは間違いない。

 だが、魔法攻撃をかわしたり剣ではじきながら、俺とガルヴに襲いかかる触手を斬り続けるのはエリックとゴランにしか出来ない。

 そして邪神の斬り落とされた触手は蛇にならないことも増えてきた。

 ガルヴと俺に対する苛烈な魔法攻撃に力を集中し始めたのだろう。

 だから、蛇退治はシアかセルリス一人でも不可能ではない。

 シアとセルリスのうち、セルリスを選んだのはたまたま近い位置にいたからだ。


「セルリス、防御は任せろ。邪神への道を切り拓こう」

「大丈夫、行けるわ!」


 セルリスはまっすぐに邪神に向かって突っ込んでいく。迷いがない。

 自分に向かってくる触手を魔神王の剣で切り伏せて、一足飛びで邪神に接近すると下から上に斬りあげる。


「はあああああああああああ!」


 セルリスは気合いのこもった咆哮をあげながら、邪神を斬って斬って斬りまくる。

 一撃ごとに剣閃の鋭さが増していく。


 俺は、そんなセルリスを見てゴランの若い頃を思い出していた。


「ooooOOOOooooo……」


 ガルヴの噛みつきとセルリスの斬撃が、邪神の再生速度を上回っていく。

 セルリスの激しい斬撃で、触手が何本も切れて周囲にばらまかれる。

 それが互いに絡みつき巨大な蛇のようになり、俺たちに襲いかかってきた。


「やらせないでありますよ!」


 シアが竜よりも大きなその蛇を剣で斬る。その鋭い斬撃に巨大な蛇は斬り刻まれて動かなくなる。

 すると、その蛇の死骸は、その身体を黒き炎へと変えた。

 シアは炎に囲まれ逃げる場所がない。

 そして俺やセルリス、エリックたちも後方から炎に包まれることになる。非常に厄介だ。

 俺が自分の防御を犠牲にしてでも対応しようとしたそのとき、


「炎など、ケーテが見逃すわけないのである!」

 ケーテが魔法の刃の含まれない暴風ブレスで黒き炎を吹き飛ばす。


「ケーテ助かった!」

「何度出来るかわからないのだ! 疾くと仕留めるのである!」


 ケーテの言うとおりだ。

 邪神はなんどだって、同様のことをするだろう。

 触手で攻撃し、触手を切り落とせば、その触手を蛇に変えて攻撃するのだ。

 蛇を放置すれば、かみ殺されるか絞め殺されるか。


 そして蛇を殺せば、次は黒き炎に変換して焼き尽くそうとしてくる。

 時間をかければ、かけるほど、こちらが負ける確率が高くなる。


 だが、現状では押し切るまで、大分かかるだろう。邪神の魔力は膨大なのだ。

 邪神はすぐに障壁を展開する。そのたびにガルヴの牙と、魔神王の剣が切り裂いた。

 触手を斬り払い続けていたエリックが叫ぶ。


「ラック! 押してはいるがきりが無い、トドメを頼む!」

「セルリス! ラックのために障壁を斬り裂け!」

「わかったわ!」


 ゴランの指示で、セルリスが邪神の頭頂からまっすぐに、大きく下に斬り裂いた。

 障壁と同時に邪神の肉体が両断される。


 俺は一気に邪神に接近すると、体内に手を突っ込んで熱爆裂エクスプロージョンを撃ち込んだ。

 熱爆裂は圧倒的な熱量で焼き払う戦略級の範囲魔法だ。

 それを工夫し極限まで圧縮することで範囲を狭め、その分密度を上げて威力を高めている。


「oooooooo…………」


 邪神の身体の八割が炭になる。


「はあ!」

「ガウガウガウウウ!」


 すかさずセルリスが魔神王の剣で斬り掛かり、ガルヴが噛みつく。

 それで邪神の身体が崩壊していく。

 勝利を確信した、セルリスとガルヴの気が緩んだ。


「まだだ! 相手は神だぞ!」


 俺は邪神の頭に手を触れると、ドレインタッチを発動させた。

 一気に魔力を吸い尽くす。

 再生と魔法攻撃に膨大な魔力を費やしていたからか、邪神の魔力が乾いていく。

 そして、邪神は煙のように蒸発しはじめた。


「コゥコケッコッコオオオオオオォォォォォォ」


 ゲルベルガさまの神々しい鳴き声が次元の狭間に鳴り響いた。

 煙が文字通り消失していく。

 邪神が霧に変化して逃げようとしたのを神鶏の権能で滅ぼしたのだ。


「やったか?」

「ゴラン、やめろ。縁起が悪い」


 俺はそう言いながら周囲を魔法で探索する。

 昏き者どもの気配はない。邪神の膨大な魔力も感じ無い。

 次元の狭間が拡大し続けている気配もなかった。


「恐らく勝ったはずだ」

「そうか。……そうか」

 エリックが感慨深げに呟いた。


「なにやり遂げたって顔してんだ。帰還までそういう表情は取っておけ」

「そうだな。ゴランの言うとおりだ。で、帰り道はどっちだ?」


 俺が十年間戦った次元の狭間は、洞窟めいていた。

 だが、今の次元の狭間は、真祖と邪神が急激に膨張させている。

 次元の狭間は竜形態のケーテが縦横無尽に動けるほどには広大だった。


「どっちが出口かわからないな」

「あたしは向こうから走ってきた気がするでありますが……」

 そう言ったシアも自信なさげだ。


 俺たちが入ってからも次元の狭間は地形をめまぐるしく変えながら膨張を続けていた。

 俺たちの誰も、どっちから来たのかすらわからなくなっている。


「とりあえずケーテの背に乗るといいのだ。適当に飛べばいつかどこかに着くのである」

「ついた場所がおれたちの次元への入り口じゃなく、邪神の次元だったら洒落にならねーぞ」

「……それもそうであるな」


 俺たちが頭を抱えていると、通話の腕輪から声が聞こえた。


『ザザザ……聞こえるか?』


 雑音まみれで聞こえにくいが、フィリーの声だ。


「聞こえるぞ、どうした?」

『……ザザザ…………一方的に話す』

 どうやらこちらの声は聞こえないようだ。


『……神の加護……ザザザ……』

「神の加護の再生に成功したのか?」

『ザザザザ次元の……ザザザ確認……ザザあとは任せる』

 そこで通話切れた。


「どういうことだ?」

 そう尋ねてきたのはエリックだ。だが他の皆も同じことを聞きたいに違いない。

 俺の顔をじっと見ている。


「恐らくだが、フィリーやレフィたちが、向こうで神の加護を復活させたんだろう」

 そうでなければ、こちらに連絡してくる理由がない。


「そして、神の加護の復活に伴い王都上空の次元の狭間への入り口が消失したんだ」

 だからフィリーは俺に連絡してきたのだろう。


「消失? そうなのか?」

「消失したというのは俺の推測にすぎないが……」

「ケーテは、ラックに賛成なのだ。邪神の加護を敷かないと、次元の狭間は展開できなかったのは間違いないのであるからな」

「ふむ。次元の狭間の入り口が消えたのに、こちらには変化がないな」

「あるはずだ。そのうちな」


 俺がそう言って数秒後、


 ――ピシ


 広大な次元の狭間の床に亀裂が入った。遠くにある壁や遙か高い場所にある天井にも亀裂が入っているに違いない。

 だが、亀裂が入ったぐらいで、帰れるわけもない。帰り道もわからない。


「フィリーは後は任せるっていっていたのだ。ラックならなんとか出来るって考えているに違いないのである」

「フィリーは本当にめちゃくちゃなことを言う」


 俺の他に魔法理論に詳しいのはケーテだけだ。そのケーテは俺を期待のこもった目で見つめている。

 俺が考えるしかない。


「……うーむ。ゲルベルガさま」

「こう?」

「ゲルベルガさまって、次元の狭間の入り口を閉じられるんだったよな」

 そうルッチラが言っていた。


「ここぅ!」


 ゲルベルガさまが力強く返事をしてくれる。


 神鶏さまの力の本質は世界に境界を引く力。

 神話上のゲルベルガさまの先祖は朝と夜の境界をひき世界を目覚めさせたという。

 そして、世界に境界を引く力は、昏き者どもがひらいた次元の狭間の入り口を閉じさせることが出来るという。


「神の加護が復活したことで、強引に押し広げられた次元の狭間は、存在自体が不安定になっているはず」

「こぅ?」

「ならば、ゲルベルガさまが鳴けば、強引に世界に境界を引き……この次元の狭間自体が消失するのでは?」

「消失して邪神の世界に落ちたら元も子もねーぞ?」

「恐らくそれはない」

「どうしてそう考えたんだ?」

「ゲルベルガさまは、俺たちの世界の神鶏さまだからな」

「なるほど。ラックのいうことは筋が通っているのだ」


 ケーテは俺の意見に賛成してくれたが、ゴランは不安そうだ。

 ゲルベルガさまは俺たちの世界の住民だ。


 そして、そのゲルベルガさまが次元の狭間、つまり世界と世界をつなぐ場所に境界を引くのだ。

 ゲルベルガさまは、次元の狭間を、俺たちの世界側と邪神の世界側とに分離する。

 そのとき、ゲルベルガさまが立つのは俺たちの側だろう。


「だから、ゲルベルガさまと一緒に居れば、元に戻れる、はずだ」

「そうか。ならば、それで行こう」

「エリック。いいのか? 俺もラックを信用しているが……」

「ああ、他に策はない。皆はどうだ?」

「私はそれでいいわ!」

「あたしもいいであります!」

「がう!」

「万一、邪神の世界に落ちたら、それはそれで暴れてやるのだ!」

「ケーテ、縁起の悪いことを言うな。ゲルベルガさま、頼めるか?」

「ここぅこぅ」


 ゲルベルガさまは俺の懐から顔だけ出している状態だ。

 俺たちは全員でケーテの背に乗って、互いに手を結ぶ。

 ガルヴもお座りして俺とゴランが手を結んでいるところに両前足を乗せる。


「ゲルベルガさま、準備が出来た。頼む」

 ゲルベルガさまは胸いっぱいに大きく息を吸う。


「コオォゥゥゥ、……コォォゥケコォォゥコッコオオオオオォォォォォォォォ!」

 ゲルベルガさまの神々しい鳴き声が響き渡った瞬間、


 ――ガ、ガィィィイイイン


 次元の狭間自体に巨大な亀裂が入る。

 壁や床、天井にひびが入ったのとは違う。空間そのものに亀裂が入ったのだ。

 その亀裂の向こうに青空が見えた。

 見えたのは青空だけでない。森や海、山、町並みが見えた。つまり俺たちの世界の景色が見えた。

 そして亀裂の入った空間は、ガラスの板が砕けるように飛び散った。

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