第295話 魔法陣の真の効果

 巨大な竜であるケーテが楽々に降りられるほど、王宮の中庭は広い。


「ケーテ、お疲れさま。こっちは苦戦中だ。そっちは?」


 俺は解析しながら、ケーテに尋ねる。


「ケーテ担当分の敵はブレスで全滅させてきたのだ」

「そうか。それは素晴らしい」

「とうちゃんとモーリスは、まだ戦っているのだ。だけど、とうちゃんが王宮の方に加勢に行けって」


 周囲の敵はドルゴとモーリスで充分で掃討できる状況なのだろう。

 そんなケーテに向けてゴランが言う。


「ケーテ、早速で悪いんだが、手伝って欲しいことがあってだな」


 ずっとゴランとエリックは忙しく指示を出し続けていた。

 猫の手でも借りたい状況なのだろう。

 強力無比な竜の手ならば、文字通り百人力以上だろう。


「なんであるか?」

 ケーテがゴランの方にのしのし歩いて行く。


「待ってくれ。ケーテ、ゴラン」

 俺は二人に呼びかけた。

「どうした? ロック」

「どうしたのであるか?」

「ケーテにはこっちを手伝って欲しい」

「わかった。ケーテ、ロックを手伝ってやってくれ」

「わかったのである」

 ケーテは俺の方に歩いて戻ってきた。


『ケーテ。この魔法陣の解析を手伝ってくれ』

『わかったのだ。……それにしても難しい魔法陣であるな』


 ケーテは魔法陣を見て、難しそうな表情を浮かべる。

 竜形態なので、表情はわかりにくいが、声音がそんな感じだ。


『わかったことを説明しよう』


 俺は解析を進めながら、ケーテにいままで判明したことを伝えていく。

 竜族は人族より一般的に魔法や錬金の技術水準が高い。


 そしてケーテは風竜王。風竜は竜族の中でも錬金術に秀でた種族なのだ。

 神の加護や邪神の加護に関する魔道具には魔法技術だけでなく錬金術の技法も使われている。

 魔法陣の解析に、ケーテの力を借りれるならば、心強い。


『――というところまでは解析した』

『なるほどなるほどー』

 俺の説明が終わると、ケーテはうんうんと頷いた。


 その後は、俺は竜形態のケーテと一緒に解析を進める。

 五分後、ケーテが目を見開いた。


「……ロック。これって」


 ケーテは驚きすぎたのか、念話ではなく声に出している。


『ああ。俺も気がついた。邪神の加護だけじゃないな』


 昏き者どもの最終目的は恐らく、いやほぼ確実に邪神の復活だ。

 現状、神の加護を取り除かれた。そして王都の民を虐殺し生け贄にするために、昏き者どもが押し寄せた。

 それは、ドルゴやモルスが防いでくれている。


 そして、昏き者どもの策はそれだけではないと俺たちは予想していた。

 邪神の加護で王都を包めば、ヴァンパイアどもによって王都の民が虐殺されるのを防ぐのは難しくなる。

 その状況に陥ることを、俺たちは最悪だと考えていた。

 だが、魔法陣は、おれたちの予想を超えて最悪だった。


『邪神の加護に包まれるだけでも最悪なのに! これは次元の狭間を開く魔法陣ではないか!』


 そのケーテの念話を聞いていたエリックとゴランが、こちらを真剣な表情で凝視する。

 次元の狭間は俺が十年戦った場所だ。その場所を通って魔神たちはやってくる。

 そして魔神とは邪神に仕える亜神に過ぎない。


『次元の狭間を開いて、呼び出した魔神を使って王都の民を殺し邪神を顕現させる。といったところか?』

 邪神を完全な形で、この世界に顕現させることができれば、世界は昏き者どもの手に落ちる。

 この魔法陣を最初見たとき、転移魔法陣に少し似ていると思ったはずだ。

 転移魔法陣も、次元の狭間を開く魔法陣もともに異なる場所をつなぐものだ。

 次元の狭間の方は場所が違うだけでなく、次元すら違うのだが。


『本当か? ロック、本当なのか?』


 エリックが珍しく慌てていた。

 改めて頭の中で魔法陣を検算する。


『完全に解析が終わってはいないが、次元の狭間を開けそうだな』

『やばいじゃねーか! なんとかならねーのか?』

『全力で急いで、なんとか――』


 俺の言葉の途中で、

 ――キイイイイイイイン

 という耳障りな音が響いた。


「つうううううゥゥ」


 皆が一斉にうめく。シアとセルリスがよろめいて倒れかけた。

 俺自身強烈な頭痛に襲われる、吐き気がひどく、身体から力抜けていく。

 俺が解析していた魔法陣が鈍く光っていた。


 ついに邪神の加護が発動したのだ。邪神の加護は王都を包んでいるはずである。

 俺は、駄目元で魔神王の剣で魔法陣を斬りつけた。

 だが、やはり魔法陣の輝きは変わらない。邪神の加護の効果も治まらない。


「解析して破壊しないと駄目なのである!」


 そう叫びながら、ケーテは苦痛に耐えて魔法陣の解析を進めようとする。

 そして俺はフィリーに通話の腕輪を通じて呼びかける。


「フィリー。魔法陣には次元の狭間を開く機能があった」


 邪神の加護に包まれていることは、フィリーも気がついているだろう。

 だから説明は省略する。


『……そうか。がんばろう』


 邪神の加護の影響下にいるフィリーも苦しそうだ。

 言葉を使って相談する余裕は互いに無い。それだけで通話が終わる。

 そのとき血のように真っ赤な満月が目に入った。その満月がゆっくりとかけ始める。


「……月食なのか?」


 俺は天文学者ではないので、今日が月食の日なのか、魔法陣の影響でそう見えているのかわからない。

 王宮の上空に、月の欠けた部分と、そっくりな形の光が現れる。

 上空の光は平面的ではなく立体的だ。

 月が欠けるにつれて光は大きくなっていき、月が完全に消えると、王宮上空の光は真球となった。


「……次元の狭間の入り口が開きやがった」

 ゴランが苦痛に耐えながら、うめくように言った。

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