第296話 次元の狭間

 ゴランの言うとおり、輝く真球は明らかに次元の狭間の入り口だ。

 放っておけば魔神どもが押し寄せるはずだ。

 邪神の加護の元、魔神たちと戦うのは非常に厳しい。

 王都の民がどれだけ死ぬかわからない。


「ゲルベルガさま!」

 ゲルベルガさまの鳴き声には次元の狭間の入り口を閉じる効果がある。

 実際に試したことはないが、そう聞いている。


「コ――」


 邪神の加護の中、強烈な苦痛を感じながら、ゲルベルガさまは鳴こうとした。

 だが、ゲルベルガさまが鳴くより先に、輝く真球が強く光る。


 瞬時に周囲の景色が変わった。


「ケコッコオオオオオオオ!」

 ゲルベルガさまの鳴き声がむなしく響いていった。


 俺たちは少し赤っぽい岩のような質感のただただ広い洞窟のような場所に居た。


「ここはどこなの?」

 セルリスの声が響く。

「……次元の狭間だ」 


 俺がそういうと、シアもセルリスも目を丸くして驚いている。

 ほんの少しだけゲルベルガさまの鳴き声が間に合わなかったようだ。


 周囲にいるのはシア、セルリスにガルヴにゲルベルガさまだけではない。エリック、ゴラン、ケーテもいる。


 エリックは俺に近寄ってくると、

「ロック。どういうことか、わかるか?」

「わからん。が、推測は出来る」

 次元の狭間の入り口である真球が超高速で膨張し、その直下に居た俺たちを巻き込んだのだ。


「そんな勢いよく膨張したのなら、はじかれたりしねーのか?」

「次元の狭間の入り口ってそもそも物質じゃないからな」

「ふむ?」

「簡単に言うと、この世界自体が変わりつつある」


 真球に飲み込まれた場所は、次元の狭間になった。

 このまま進めば、恐らく邪神たちのいる次元に変化するのだろう。

 そして真球自体はどんどん膨張し続けるのだ。


「邪神をこちらに呼び出すのではなく、俺たちの世界をまるごと邪神の支配する次元にしようということだ」

「やべーのである。昏き者ども、本気なのであるか?」 

「そもそも、そんな大がかりな術式に、どうして気付かなかったんだ? ありえねーだろ」

「十年単位で仕掛けていたんだろうが、隠しきったのは敵ながら見事と言わざるを得まい」

「エリック。何感心してんだ」

「すまぬ。だが、どうする? ロック、いや。ラック。何か無いか?」


 この場には俺の正体を知っている者しかいない。

 隠す必要も無いし、次元の狭間ならばロックではなくラックの方がしっくりくる。


「まあ、俺は専門家だからな。ここで十年過ごしたわけだし」

「たしかにラック以上の専門家はいねーだろうさ」

「次元の狭間を膨張させるなんて無茶が過ぎる。よほど膨大な魔力をつぎ込み続けなければならない」

「だろうな」


「次元の狭間の内部でこの場所を膨張させ続けている存在が居るはずだ。そいつを殺せば……」

「膨張は止まるということか」

「恐らくな。それに気付いているか? 邪神の加護が無くなっただろう?」

「……そういえばそうだな。苦痛がない」

「神の加護を排除して、邪神の加護で空間を満たすことも条件だったのだろう」


 邪神の加護で覆われていない場所を、次元の狭間は飲み込めないはずだ。


「邪神の加護は王都に拡がっていただろう? 王都が飲まれてしまっては大変なことだ」

 施政者であるエリックの懸念はわかる。


「だが、邪神の加護にも濃度がある。濃いほど飲み込みやすいのだろう」

「今は、ケーテたちのいた特に濃い部分が飲み込まれただけであるな?」

「恐らくはな。魔力を使ってこの空間を膨張させている奴を止めることが先決だ」


 魔力を使って無理矢理膨張させているはずだ。

 そいつを止めれば、自然な状態、つまり次元の狭間の膨張は止まり消失に向かうに違いない。


「それに、フィリーが外で頑張ってくれているからな」


 神の加護が復活したら次元の狭間の膨張を押さえつけてくれるだろう。

 そのとき、俺は次元の狭間の奥の方から昏き魔力があふれ出してくるのを感じた。


「……魔神か。懐かしいな。十年ぶりか」

 そういって、エリックは聖剣を抜く。


「俺たちにとってはな。だが、ラックにとっては、魔神と戦ったのはつい最近だろう?」

「色々あったからな。俺も少し懐かしいよ」


 俺たちがそんなことを話している間にも魔神の群れはこちらに向かって来ている。

 魔神の数は百匹を超えていた。

 魔神の群れをにらみつけていたケーテが叫ぶ。


「何を和んでいるのだ! あいつらの後方にもっと強そうな魔力を感じるのである!」


 魔神が入り込んだときの次元の揺らぎによって、その強大な魔力の存在に気付くことが出来た。


「ああ、恐らく後方にいる強そうな奴が次元の狭間を膨張させている犯人だろうな」

「魔神の群れをかき分けて、倒しにいくしかないのである」

「そうだな。倒すとするか」


 そして俺たちは魔神の群れに向けて走り始めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る