第272話 謎の霧
俺たちは落下しながら、その様子を見ていた。落下速度は魔法で緩めている。
「ケーテすごいな。さすが風竜王」
そのままケーテは上昇し、九頭の昏竜の頭上に位置取り戦いを開始する。
同時にドルゴとモーリスは下から昏竜に攻撃を始めた。
昏竜たちは、ケーテたちに任せておけばいいだろう。
「挟撃か。打ち合わせもせずに見事なもんだなぁ」
ゴランが感心するのもわかるというものだ。竜たちの動きは素晴らしい。
水竜集落の防衛で連携力が培われたのかも知れない。
俺とゴランが見とれていると、エリックが叫ぶ。
「おい、ゴラン。よそ見をするな! ロックもだぞ!」
「すまねえ、すまねえ」
「気をつける」
そして俺たちは濃い霧の中へと突入した。
霧の中に入ると、視界が真っ白になる。自分の手のひらすら見えないほどだ。
「一寸先も闇、いや一寸先も霧か。まったく見えねえな! 目をつぶっていてもかわりねえ!」
「すぐに地面だ。衝撃に備えろ」
そう言った直後に地面につく。音から判断するにエリックとゴランは地面を転がったようだ。
目で地面を見ることが出来ないので、綺麗に着地するのが難しかったのだろう。
『怪我はないか?』
俺は念話で話しかける。霧のせいで目が見えない。魔力探知も魔力探査もすぐ近くしか調べられない。
だから敵がどこにいるかわからないのだ。
『大丈夫だ。だが……この状況は……』
『この霧はなんだ? ロック霧の正体、なにかわからねえか?』
『中に入って直接触れても判然としないな。外から見ていたよりも強い魔力を帯びているのは間違いないが……』
『邪神の加護の影響もなさそうなのが救いか。ロック、敵の狙いを推測出来ないか?』
エリックに尋ねられて俺は考える。
『霧はなにかを隠したいんだろうと思うが……』
『何を隠そうとしているかはわからないか?』
『残念ながらな。どちらにしろ良くないことをしているのだろうし、時間も無いと考えた方がいいだろう』
『そりゃそうだ。エリック。ロック。レフィたちがいる方向がわかるか? そっちに向かおうぜ』
そう言ったゴランも王宮には何度も来ている。
だが、視界がほとんど塞がれているので、どこがどこかわからないのだ。
『霧のせいで、魔法をつかった探索ができないんだ。俺よりエリックのほうが役立つだろうさ』
『そういわれてもな。俺としても、よくわからんのだ。だが恐らくはこっちだろう』
エリックは王宮に住んでいるとはいえ王宮は広大だ。
勘を頼りにエリックは歩き始める。
『この霧は一体全体どうなってんだ? 気配も探れねーし』
『そもそも、この霧のなかで呼吸していいのか? 敵の用意した魔力を体内に取り込むことになるだろう?』
この霧は呪いの類いでも、毒の類いでもないと俺は考えている。
だが、正直、ここちよいものではない。霧を用意したのは昏き者どもなのだ。
この霧が、良いものであるはずがないのだ。
『そうはいっても、息しないわけにはいかねーしな。体内に昏き者どもの魔力を取り込むとしてもだ』
エリックとゴランの会話を聞いて、俺はふと思いついた。
『ふむ。試してみるか』
『なにを試すかわからぬが、試せることがあるなら、なんでも試してみればよい』
エリックに言われて、俺はドレインタッチを右手で発動する。対象は霧そのものだ。
ドレインタッチの発動と同時に、音もなく霧が俺の右手に吸収された。
周囲の霧が晴れていく。
だが、霧が晴れるのは、成人男性の身長二倍程度の半径の球範囲だけ。
俺が吸う分、どんどん霧が発生しているようだった。
『ある意味では好都合だ』
霧の魔力の濃度は薄い。だが大量だ。どんどん吸うことで、俺の右肩の傷が癒えていった。
『おお、流石ロック。ドレインタッチで吸えるとはな。よく気付いた』
『魔力を含んでいるから吸えるとは思っていたんだ。おかげで右肩の傷も癒えた』
『それはよかった』
手近な範囲の霧が晴れたので、エリックとゴランの表情が見えた。
俺の傷が癒えたと聞いて、心底ほっとしたようだった。
『それとだな。ドレインタッチで確認できたことがある』
『なにを確認したってんだ?』
ゴランが前のめり気味で尋ねてくる。
『まあ、落ち着け。ゲルベルガさま。鳴けるか? 鳴けるなら頼む』
「コゥォ、コォゥコケッココココオオオオオオォォォォォ!」
俺の懐から顔だけ出したゲルベルガさまが、高らかに鳴く。
ゲルベルガさまの神々しい声は、地上から天空に向けて霧を切り裂いていった。
その直後、声の音波が地表を撫でるかのようにして、霧をかき消していく。
『お、おお、すげーな、おい、助かったぜ』
『ゲルベルガさま。感謝を』
「ここ」
ゲルベルガさまは、どや顔でゴランとエリックの感謝を受ける。
ガルヴもゲルベルガさまを尊敬のまなざしで見つめていた。
お礼を述べた後、理由を知りたそうにエリックとゴランがこちらを見ていた。
だから俺は、レフィたちがいるであろう場所に向かって走りながら説明する。
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