第273話 王妃と王女
『ドレインタッチしてわかったんだ。これはヴァンパイアの霧だ』
『そりゃ、この状況なんだ。ヴァンパイアどもが用意した霧だろうよ』
『そういうことじゃない。霧自体がヴァンパイアなんだ』
『奴らが逃げ出すときに霧やコウモリに姿を変えるが、まさかその霧か?』
そう言ってエリックは顔をしかめた。
『その霧だ。専門的な話しをすれば、魔力組成をいじってはいるが、まあほぼ同じと考えていい』
『って、そんなもんを吸ってしまった俺たちは大丈夫なのか? 操られたりとかしねーか?』
『まあ、多分大丈夫だ。絶対ではないがな』
霧は情報を隠すことと魔法妨害に特化していた。
さらに吸ったものを操るなどの機能を加えるのは難度が高すぎる。
『それなら安心だな!』
『安心とかそういう問題じゃない。ヴァンパイアの霧を吸うぐらいなら、狼の糞を粉末にして肺一杯吸い込む方がまだましだ』
「がう?」
突如出てきた狼と言う言葉に、俺の後ろをぴったりくっついてきていたガルヴが反応した。
ガルヴは霊獣狼。噛みつくことでヴァンパイアの変化を防ぐことが出来る特殊能力の持ち主である。
霧になったヴァンパイアを、ガルヴがいくら吸おうと何のダメージもないだろう。
むしろ、霧と化したヴァンパイアの方がダメージを受けるに違いない。
とはいえ、先ほどの霧は量が多すぎて、ガルヴの牙の与えるダメージなど無きに等しいものだっただろう。
俺たちは王宮の奥、エリックの家族の居る方向に向かって走る。
その間、エリックとゴランは通話の腕輪を使って各所に連絡を取ろうとしたが、不通のことが多かった。
ゲルベルガさまの神々しい鳴き声も、広い王宮全てから霧を払うことは出来なかったのだ。
それでも、いくつかの部署には連絡がつき、指示を出すことができていた。
「シア、聞こえるか」
『ザ……ザザ……』
シアたちにもまだ連絡がつかない。まだ霧の中にいるのだろう。
しばらく走ると、再び霧がたちこめ始める。
『また、霧か。厄介なことだ』
『ゲルベルガさま、お願いします』
「コゥ……コケッコオオコココオオオオオオオオ」
ゲルベルガさまの神々しい鳴き声の聞こえる範囲全ての霧が晴れていく。
『助かる、ゲルベルガさま』
「ここ」
『ロック。奴等は霧をどんどん作っている、と考えていいのか?』
『いや、さっきは、ほぼ同じとは言ったが通常の変化とは異なる。霧化させてからその状態にとどめおくためには特別な術式が……』
『詳しい話しは聞いてもわからねーから、後で聞かせてくれ』
『あ、ああ。そうだな』
ゴランの言うとおり、今は魔法の術式や構造、理論より、実際のところ俺たちにどう影響するのかが大切だ。
『簡単に言うと、ヴァンパイアを霧化させ、その状態で維持する魔法をかけた奴が霧をばらまいているんだろう』
『そいつを倒せば、もう霧は出てこないってことだな』
『そうなる。そいつを魔法で探しているんだが、まだ王宮には霧が多くて見つけられていない』
『厄介な話しだ』
エリックが嘆息すると、ゴランが言った。
『霧になれるのはアークヴァンパイア以上だろう? その肉体を使った霧で王宮を埋め尽くすとか……。信じられんことをしやがるな』
『ゴランに同感だ。俺も信じがたい。数百匹じゃすまないだろうさ』
少なくとも数千。もしかしたら万のアークヴァンパイアを使って霧を作ったのだろう。
それが出来るのはヴァンパイアどもが「あの方」と呼ぶ真祖ぐらいだ。
先ほど俺たちが対峙した分身体。その本体が王宮に潜んでいるに違いない。
疑問点は残る。昨日真祖を殺した後、一日と経っていない。
それに、真祖を殺した場所はリンゲイン王国だ。距離がありすぎる。
俺たちも転移魔法陣を使って、王都に戻ってきたのだ。
『とにかく、見つけ出してぶん殴ってから考えようぜ』
悩む俺に対して、ゴランが笑顔でそう言った。
『たしかにゴランの言うとおりだな』
『だろ?』
その後、俺たちはなんどかゲルベルガさまに鳴いてもらいながら、王宮の最奥に向けて走った。
そして、国王の居住スペース。つまりレフィやマリーなどがいるエリアが見えてきた。
『霧が薄いな。視界が通るぞ』
エリックが怪訝な表情で言う。
ゲルベルガさまが最後に鳴いた場所と効果範囲から考えるに、鳴き声のおかげでなぎ払われたわけではなさそうだ。
それに薄いだけであって、霧は漂っているのだ。
『ゲルベルガさま、頼む』
「こぅぅぅぅ、コォォォゥゥゥケッコッコオオオオオオォォォォォォ!」
ゲルベルガさまの鳴き声は相変わらず神々しい。
薄く漂っていた霧が、周囲を覆い尽くしていた邪気ごと払われていった。
『ザ……ザザ…………、ロックさん! 聞こえるでありますか!』
通話の腕輪からシアの声が聞こえた。
「ああ、聞こえる」
『昏き者どもが――』
会話の途中で、俺はエリックたちがよく過ごしている部屋の扉を開ける。
そこには剣を構えるシアとセルリス。その後ろには王妃レフィと王女シャルロットとマリーが居た。
そして部屋の中にはヴァンパイアどもが十匹いた。
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