第242話

 広い部屋に動く敵影がなくなって、シアがほっと息を吐く。


『ひとまず、終わりでありますかね?』

『そうね、何もできなかったわ』

「がう」


 セルリスは魔装機械と昏竜を倒すことに貢献できなかったと反省しているのかもしれない。

 ガルヴも少しへこんでいるように見える。とりあえず頭をわしわししておいた。

 そうしながら、俺は皆に語り掛ける。


『随分と息の合った攻撃だったな』

『ああ、ボスとやらがこちらの動きを把握して仕掛けて来たのだろう』

『魔力探知というやつか。こっちの動きがバレバレというのは気持ちが悪いな』


 エリックとゴランは顔をしかめる。


「さて、そろそろボス部屋だな。剥ぎ取りは後でいいだろう」

「ああ、ボスを倒してゆっくりやればいいってもんだ」


 そうゴランが言って、一歩踏み出したとき、

「まだ会ってもいないのに、もう我を倒した後の話か?」

 天井近くから男の声がした。


「随分と余裕ではないか? 非力な人族とは思えぬ傲慢さだな」


 俺やエリック、ゴランを含めて全員が慌てて上を見る。

 気配すらしなかった。魔力探知にも引っかかっていなかったのだ。

 だが、天井近くに、確かに男は浮いていた。


「そうか。魔導士は二人いたのか。いや一頭と一人か」

 俺たちを見下ろしながら、男は顎に手を当て考えている。


「完璧な作戦だと思ったんだがな。ここまで強力な魔導士がいるとは思わなかった」

 そう言うとにこりと笑って、男はゆっくりと床へと降りてくる。


 男は銀色の髪に整った顔。黒ずくめの上等な服を着ている。

 腰には立派な剣を提げていた。恐らく魔法剣士なのだろう。


 男に向かって、エリックが聖剣の切っ先を向ける。


「お前は一体何者だ?」

「散々こちらを魔法で覗き見ていたんだ。知っているはずだろう?」


 その男は俺とケーテを交互に見ながら笑顔で言った。

 魔導士が俺とケーテだとわかっているのだ。戦闘を見ていたのだろうしばれるのは当然だ。

 せっかく魔導士だとばれないように、色々工夫してきたのに台無しだ。

 とはいえ魔装機械と昏き竜の同時攻撃は俺の魔法なしでは切り抜けられなかった。

 正体がばれても仕方のないことだ。切り替える。


 俺は余裕を見せるために笑顔で男に語り掛ける。

「この屋敷の頭目だな。そっちも随分と覗き見てくれていたじゃないか」

「屋敷の主としては、招かれざる客の動向を調べるのは当然だろう?」


 そのときケーテがぽつりとつぶやいた。

「……我の魔力探知では、ボスは動いていないのである」


 確かに俺の魔法探知と魔力探査でも、相変わらずボスは同じ部屋にいる。

 とはいえ、先ほどとは確かに反応の質が違う。その差はごくごくわずかだ。


「ああ、そうか。まだ目くらましのダミーを仕掛けたままだったな」

 男がそういうと、ボス部屋の魔力反応が消失した。


「……なんだと?」

 ケーテが驚愕のあまりその巨体をぶるりと震わせた。

 ボス部屋の魔力反応の質ががわずかに変わったことに、ケーテは気づいていないのだ。

 それゆえ、ずっと偽物を魔力探知、魔力探査を把握し続けたと考えたのだろう。


「ケーテ落ち着け」

「とても落ち着いていられないのである!」


 俺も魔力探知と魔力探査にかかっているボスの気配が変化したことにすぐに気づけなかった。

 激しく戦闘していたとはいえ油断と言えるだろう。反省しなければなるまい。

 とはいえ、そんな反省は後ですればいい。今はうろたえるべき時ではない。

 だが、ケーテは微妙に震えながら言う。


「き、消えたのである」

「言いたいことはわかるが、落ち着け」

 ケーテが驚愕に打ち震えれば、エリックとゴランはともかく、シアとセルリスは怯えてしまう。

 そうなれば、いいことなど何もない。今は魔導士として堂々としておくべきなのだ。


「……我はダミーに過ぎないものをボスだと思ってずっと探知していたのであるか……」


 だが、ケーテは驚愕を隠そうともしない。

 時には演技力も必要なのだ。強敵を相手にするのならば、特にそうだ。


 驚愕するケーテをみて満足そうに男がうなずく。


「まったくもってご苦労なことだ」

「我を欺き続けるなど……。そのようなことが可能なはずがないのである!」

「それを可能にするほど、我とそなたらの魔導士としての力量に差があるということだ」

 そういって、男はさわやかに笑った。


「なんだと……我の魔法が……」

 ケーテが衝撃を受け、それを見たシアたちが不安そうな表情になる。

 超一流の魔導士であるケーテを容易にだますほどの魔導士となると、どれほど強いのか。

 シアとセルリスはそう考えているのに違いない。


 エリックとゴランは慌ててはいない。やはりシアたちと戦闘経験の量が違うのだ。

 ケーテはとても強力で、超が何度もつくほどの一流の魔導士だ。

 だが戦闘経験は俺たちと比ればだいぶ少ない。

 特に生まれつきの強者であるケーテは、戦闘時の駆け引きなどになじみがないのだろう。


 ここは先輩として、ケーテ、シア、セルリスを落ち着かせなければなるまい。

 だから俺は男に向かって笑顔で語り掛ける。


「そこのヴァンパイア。焦るのはわかるが、冗談は大概にしておけ」

「はぁ?」


 笑顔だった男は俺を見て、一瞬だけ眉をひそめた。

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