第210話
モルスを連れてきたケーテが自慢げに言う。
「モルスは、水竜の侍従長モーリスの子で、リーアの侍従なのである」
「なんと! ということは王族の方でいらっしゃいましたか」
「王族、ではあるのですが、基本は侍従でありますので。ぜひ王族ではなくただの水竜として扱ってください」
「そうおっしゃられましても……」
「いえ、ぜひ、お願いいたします」
モルスの強い希望で、王族扱いしないことになった。
とはいえ、水竜の賓客であることは変わりない。丁重な扱いをし続けることになる。
だが、王族扱いしないとなると、いろいろな礼節を省略できる、
ケーテを族長に紹介したとき、ケーテが畏まるなと族長たちに言ったのはそのためだ。
モルスも狼の獣人族も助かるだろう。
「モルスはなー。単に王族というだけでなく、結界魔法のエキスパートだぞ! とリーアが言っていたのだ」
「それは心強い。我らが狼の獣人族のために……ありがとうございます」
ダントンに深々と頭を下げられ、モルスは恐縮しきっていた。
その時お茶が運ばれてきた。お茶を勧めてからダントンは言う。
「モルスさんを派遣していただけたことは、とても心強いのですが……。良かったのですか?」
ダントンは心の底から心配そうに言った。
精鋭であるモルスを派遣するということは、水竜集落の戦力低下につながる。
水竜の集落は今は平穏ではある。とはいえまだ油断はできない。
俺もそれは懸念していた。だから、教えを請いに出向くつもりだったのだ。
だが、モルスは即答する。
「もちろんです。ロックさまの助けになるなら。そして狼の獣人族の方々のお役に立てるなら、私の、いえ水竜族の喜びです」
それを聞いて、ケーテが一度うなずいてから言う。
「リーアもなー。ロックやセルリス、シアやニアに来て欲しがっていたのであるが……」
「そう言ってもらえるのは嬉しいな」
「今度遊びに行ってあげて欲しいのであるぞ」
「わかった。ひまを見つけて、遊びに行こう」
「そうして欲しいのである。その時は我も行くのである」
リーアに会いたいと思ってもらえるのは光栄だ。
今度、リーアの友達のセルリスやシア、ニアを連れて土産を持って遊びに行こう。
ガルヴとゲルベルガさまも連れて行ったほうがリーアは喜ぶかもしれない。
狼の獣人族での仕事の合間にでも、水竜集落に顔を出そうと思う。
そんなことを考えているとケーテがお茶を飲みながら言う。
「最初はロックに来てほしがっていたのだが、狼の獣人族のためと説明したら、モルスを派遣してくれることになったのだ」
「ああ、水竜族は狼の獣人族に恩義を感じていたものな」
俺の言葉に、ケーテは深く「うんうん」とうなずいた。
「そうなのである。竜族は義理堅いのだ」
水竜の集落を狙う昏き者どもを討伐するのに狼の獣人族は尽力した。
狼の獣人族が困ったときは水竜は助けるとリーアは言っていた。
早速、有言実行したのだろう。その姿勢は見習わなければなるまい。
「だが、水竜集落の戦力低下は不安だな。エリックとゴランに改めて言っておこうか」
一応、ケーテがいれば、俺も十数分で水竜の集落には行ける。
そうはいってもエリックとゴランにも言っておいた方がより安心ではある。
だが、ケーテが思いのほかはっきりといった。
「その必要はないのである」
「そうなのか? なぜだ?」
「それはだな……」
――コンコンコン
ケーテの会話の途中で、ダントンの部屋がノックされた。
やってきたのは族長たちである。モルスに挨拶をするためにやってきたのだ。
ケーテの話の続きが聞きたかったが、後回しにすることにする。
「これは水竜どの、我ら狼の獣人族の元へよくぞいらっしゃいました」
「お邪魔しております、モルスといいます」
俺はダントン、ケーテと一緒にモルスを族長たちに紹介する。
モルスは狼の獣人族にとって、ともに昏き者どもと戦った水竜の戦士だ。
族長たちもモルスも、互いに一目置いている。打ち解けるのも早かった。
頃合いを見て、俺はダントンと一緒にモルスを連れ出す。
子供たちなど、ダントンの部族のメンバーに紹介するためだ。
「子供たち、集まれー」
「あ、ロックさん、どうしたの?」
わらわらと子供が集まってくる。
「この人はモルス。水竜なんだ」
「モルスです、よろしくお願いします」
「よろしくです!」
「尻尾太いですね!」
子供たちはモルスのことが気に入ったようだった。
子供たち以外にも紹介して回っている間に、夕食の準備が完了する。
その日の夜はモルスの歓迎会ということで宴会が開かれたのだった。
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