第209話
俺はガルヴと戯れているケーテに尋ねる。
「ケーテ。ダントンにはモルスさんのことを紹介したのか?」
「あ、まだであるぞ」
「そうか」
俺はモルスに語りかける。
「ついてきてください。この屋敷の主で、族長でもあるダントン・ウルコット卿をご紹介いたしましょう」
「はい。ありがとうございます」
歩き始めかけたら、申し訳なさそうにモルスに呼び止められた。
「あの、ロックさま」
「どうされました?」
「ロックさまの振る舞いに、わたくし如きが何か言うのは、とても失礼なことかもしれないのですが……」
そう断ってからモルスは言う。
ぜひ、ため口を使っていただけないだろうか。そう頼まれた。
「ですが、私がモルスさんに教えを乞う立場ですし……」
そういうと、ケーテが「がっはっは」と笑う。
「ロックは風竜王である我にため口なのだ。にもかかわらず敬語を使われるとモルスは非常に困ってしまうであろう?」
「そういうものか?」
「そういうものである。それに水竜にとってロックは大恩ある英雄だからな」
「大恩なんて大げさな」
俺の言葉を聞いて、モルスが勢い込んで言う。
「全くもって大げさではありません!」
「そ、そうですか」
ケーテがにこにこしながら言う。
「そうであるなー。ロックに敬語を使わせていることがわかったら、モーリスに激怒されそうだな」
「そんなことはないだろう」
「……いえ。おそらくは」
モルスが控えめにいう。だが、すぐ慌てた様子で付け加えた。
「ですが! ロックさまの使いやすい言葉でまったくもって構いません!」
俺が敬語を使うことで、モルスが叱られるなら、敬語を使う方が逆に失礼かもしれない。
「そういうことなら、ため口でいかせてもらおう」
「ありがとうございます。ですがよろしかったのですか?」
モルスは本当に申し訳なさそうに言う。
「いや、ため口でいいなら、ため口のほうが楽でいい」
「ありがとうございます!」
モルスはほっとしたように見えた。
そして俺たちはダントンの部屋に向かう。
ガルヴが当然といった様子で先導しはじめた。尻尾をピンとたてて堂々と歩いている。
「ガルヴ、案内してくれるのか?」
「がう」
俺もダントンが大体どこにいるのか予想はつく。
おそらくは族長室にいるのだろう。
ガルヴは匂いをかぎまくりながら、ゆっくりと進む。
「ガルヴさん、ありがとうございます」
「がーう」
モルスがガルヴにお礼を言って、ガルヴは尻尾を振った。
そしてガルヴは族長室の前まで歩いて行った。
やはりダントンは予想通り族長室にいたようだ。
「ガルヴありがとうな」
「がう!」
褒めてやって頭を撫でる。ガルヴが尻尾をビュンビュン振った。
ひとしきり撫でていると、向こうから扉が開いた。
ガルヴを撫でまくっている俺とダントンの目が合った。
「ロック、なかなか入ってこないから、どうしたのかと思ったぞ」
「すまん。ガルヴがここまで案内してくれたからな、褒めてやっていたんだ」
「ああ、褒めてやるのは大切なことだ」
ダントンは深くうなずいた。
獣人は嗅覚が鋭い。耳もよい。
俺たちが部屋に近づいていることは、ずっと前に気づいていたのだろう。
そして、なかなか入ってこないことにしびれを切らして出迎えに来たのだ。
「がう!」
ガルヴは嬉しそうにダントンに体を押し付けた。
「よしよし」
ダントンはガルヴを撫でながらこちらを見た。
「そちらの方は?」
「水竜のモルスさんだ。モルスさんをダントンに紹介するために、こっちに来たんだ」
「モルスです。よろしくお願いいたします」
「狼の獣人族の族長の一人ダントン・ウルコットです。立ち話もなんですし……」
軽く自己紹介を済ませると族長室の中へと案内される。
同時に、ダントンは若い衆にお茶を持ってくるよう指示をした。
ダントンにすすめられるまま、俺たちは席に着く。
ガルヴは俺の横に座って、ひざの上に顎を乗せた。
ダントンもモルスもガルヴと仲がよい相手だから、リラックスしているのだろう。
早速モルスが頭を下げる。
「先日は我が水竜族のために尽力していただきありがとうございます」
「いえ、こちらこそ素晴らしい宝剣をいただきまして……」
モルスとダントンは互いにお礼を言い合った。
切りのよさそうなところで、俺は言う。
「ところで、モルスに来てもらった理由なんだが、屋敷に設置する魔道具作製の手助けをしてもらうためなんだ」
「わざわざありがとうございます」
ダントンは再びモルスに頭を下げる。
狼の獣人族の集落にヴァンパイアに魅了されたものが入り込んでいる可能性がある。
それを感知するための魔道具作成を共同でやるつもりなのだ。
俺と水竜のモルス、それに風竜のドルゴがいれば、すごいものができそうだ。
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