第197話

 着陸したケーテの背からみんなで降りると、ダントンが駆け寄ってくる。


「よくぞ来てくれた!」

「急に会いに来てすまない」

「気にしないでくれ! ロックならいつ来てくれても嬉しい。皆もよく来てくれた」


 ダントンと俺はフランクに語り合う間柄なのだ。


 そして狼の獣人族の大人たちが次々に挨拶しに来てくれる。

 全員ではないが有力者らしきものたちは全員自己紹介してくれた。


 最後になって、一人の女性が近づいてきて頭を下げる。


「いつも娘がお世話になっております。ニアの血縁上の母です」

「あっ、こちらこそいつもお世話になっております」


 俺はニアたちの母親のことは全く知らなかった。

 会話に全くのぼらないので、勝手にいないと思い込んでいたところもある。


「母上がいらっしゃるなら、もっと早く教えてくれればご挨拶に……」

「ニアは父の子でありますからね」

「そうなのです。私の親は父ですから」

「ふむ? つまり、どういうことだ?」


 俺の疑問に対して、シアとニアが説明してくれる。

 狼の獣人族の間には基本的に結婚はなく、片方が親となるようだ。

 子が生まれると、五歳ぐらいでどちらの子供とするか決めるらしい。

 母の子とすることの方が多いが、たまに父の子にすることもある。


「基本子供は沢山生まれるでありますからね」


 母の子、血縁上のニアの兄妹姉妹もいるとのことだ。

 母の子の血縁上の父親はダントンだったり、そうじゃなかったりらしい。


「そうなのか。俺たちの風習とは少し違うんだな」

「そうでありますねー」


 狼の獣人族の風習は只人族とは異なるようだ。

 そして、ニアの母は別の部族の族長でもあるとのことだ。


「ニアの母上ってことは、シアの血縁上の母上はまた別なのか?」

「そうでありますよ。結構前にヴァンパイアとの戦いで死んでしまったでありますが」

「そうなのか。変なこと聞いてすまない」

「気にしないでほしいであります」


 シアはそう言ってほほ笑んだ。

 セルリスとルッチラも真面目な表情で聞いていた。


「知らなかったわ。だいぶ私たちとは制度が違うのね」

「うちの部族もそんな感じです」

 ゲルベルガさまを抱いたままのルッチラがそう言った。

 ちなみにルッチラは只人族ではなく魔族である。


「え? そうなの?」

「そうですよ」

「ここぅ」


 ゲルベルガさまもルッチラに同意するようにうんうん頷いていた。

 結婚して二人で子供を育てるというのは、只人族に一般的なだけなのかもしれない。


「ところで、風竜族のそういう制度はどうなんだ?」

 俺は気になったのでケーテに尋ねる。


「結婚制度はないが、生まれた子は両親の子ではあるぞ。ただ我らは卵から生まれるゆえな。父母の役割の差が少ないのだ」

「へー、勉強になるな……む?」


 そう教えてくれたケーテは全くこっちを見ずに子供たちと遊んでいる。

 ケーテの周りには狼の獣人族の子供が沢山集まっていた。

 怯える様子もなく嬉しそうにケーテにしがみついたり匂いをかいだりしている。

 子供たちに人気なことが、ケーテもすごく嬉しいようだ。


「待て待て、慌てるでないのである。尻尾は一本しかないのだ」

「きゃっきゃ!」


 すごく楽しそうだが、本来の姿のままだと屋敷にも入れない。


「ケーテ、そろそろ人の形になったらどうかな?」

「おお、ロックの言う通りであるな。子供たち待っているがよい。ちょっと変身してくるのだ」

「変身? すげー」「ケーテさんすげー」


 子供たちの期待をうけて、ケーテは近くの森の中へと走っていった。

 男の前で裸になるなと言われたのを気にしたのだろう。


 ケーテが走り去ると、子供たちの興味はガルヴに移る。


「でっかいなー」

「がう」

「霊獣さんだね! お名前なんて言うの?」

「ガルヴだぞ」

「ガルヴーいい子だねー」

「がーう」


 子供たちに撫でられ、ガルヴはご機嫌だ。

 子供たちと互いに匂いを嗅ぎあい、顔を舐めあったりしている。

 そこにケーテが戻ってきた。意外と早かった。急いだのだろう。


「子供たち、待たせたのである!」

「…………」


 子供たちは人型状態のケーテを見て首をかしげる。

 今のケーテの姿は期待とは違ったようだ。


「む? ケーテであるぞ!」

「う、うーん。ケーテ姉ちゃん、かっこいいと思う」

「そうだね、かっこいいと思う」


 ケーテは子供たちに気を使われていた。子供たちはガルヴの周りから動かない。

 かわいそうなので慰めておく。


「まあ、気を落とすな。インパクトが違うから仕方ないぞ」

「……そうであるな」


 そんな様子を見ていたダントンが言う。


「立ち話も何ですし、皆さん、我が家においでください」

「ありがとうございます」


 俺たちはダントンの家に案内してもらう。

 かなり大きな屋敷だった。


「立派なお屋敷なのね」

「族長でありますからねー」


 シアが言うには、族長の屋敷は縄張りの中心にあるのだという。

 会議などを開く必要があるので、かなり大きいのだ。

 そして、ヴァンパイアとの戦いの際には砦となる。

 だから、しっかりとした石づくりの建物なのだ。


「おお、これは戦いやすそうだな」

「さすがは、ロック。やはりわかるか?」


 ところどころに水が流れていた。

 ヴァンパイアが流れる水を越えられないというのは迷信だ。

 だが、流れる水を嫌うのは事実なのだ。一瞬動きが鈍くなる。


 日光が入りやすい構造にもなっている。

 もちろん日の光を浴びた程度ではヴァンパイアは死なない。

 だが、ヴァンパイアが日光を嫌うのは確かなのだ。


 生死を分ける戦いの際、一瞬動きが鈍くなるだけでも、大きく有利になる。


「ああ、ヴァンパイアの特性をよく考えている。参考にさせてもらおう」

「参考にしてくれ!」


 ダントンはとても嬉しそうだった。

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