第176話

 ケーテの竜の本に関する説明は腑に落ちる。

 読む側も、そして書く側も、時間があるので長大になるのだろう。


「なるほど。体の大きさだけではなく、時間の長さも書籍のあり方に影響をあたえるんだな」

「考えさせられるのだ」


 フィリーも感心している。


「とはいえ……」

 俺は困った。


 情報量が多いのは素晴らしい。夢のような本と言える。

 だが、読むのは大変だ。

 俺もフィリーも寿命のある人族なのだ。

 そして、あまり時間を費やしていては、水竜の集落が襲われてしまう。


「さすがに、時間がかかりすぎるのだ……」


 好奇心旺盛で、知識欲も豊富なフィリーでも困っていた。

 俺とフィリーの様子を見て、ドルゴが言う。


「ケーテ。ロックさんたちに、読むべき場所を教えて差し上げなさい」

「え?」

「え? ではない。教えたはずだな」

「教えてもらった覚えはあるが、あまり得意ではないのである」

「ケーテ」

「わかったのである」


 そして、ケーテは深呼吸をした。


「我ら竜族も暇なわけではないのである」

「え? そうなのか?」


 思わず失言してしまった。ケーテが暇そうに見えるからだ。

 ドルゴは忙しそうだから、暇な奴ばかりではないというのはわかる。


「そうなのである」

 ケーテは特に気にしていないようだ。


「長い一生、暇な時もあるのである。そういう時はゆっくり本を読むのだ」

「なるほど。それはうらやましいな」

「うむ。だが、忙しいとき、いちいちこんな分厚くて巨大な本を読んでいられないのである」

「竜もそうなのか。いや、そりゃそうか」

 知りたい情報があって調べるとき、巨大な本は不便極まりない。


「もちろん、そりゃそうなのであるぞ」

「ということは、竜族は対策を持っているのだな?」

 フィリーがケーテに対して、身を乗り出すようにする。


「そうである。その魔法を教えるのである」

「……魔法は、フィリーは苦手なのだ」

「それなら、我がフィリーのかわりに魔法を使うのだ。とりあえず、先にロックに魔法を教えるのである」


 それからケーテは俺に魔法を教えてくれた。

 本の中に書かれている文字列を探し出す魔法だ。


「このようにすると、知りたい文字列が光るのである。本を外から見てもわかるぐらい光るから、便利なのである」

「ほほう、それは助かる」

「ロック、試しに一回、やってみるのである」


 俺は教えてもらったばかりの魔法を使う。

 本の各所が光りはじめた。


「おお、すごいのである。一発で習得してしまったのだな。我は使えるようになるまで結構かかったのである」

「ケーテの教え方がいいからだ」

「がっはっは、照れる」


 それから俺は魔法をかけて、本の中から必要な個所を探していった。


「フィリー。何が知りたいのであるか?」

「そうだなー……」


 フィリーが文字列を指定して、それをケーテが魔法で探す。

 そんな感じで、フィリー、ケーテ組は本を読んでいった。


 魔法を使って目当ての文字列を探し、実際に読んで欲しい情報か判断する。

 やってみると、思いのほか脳みそが疲れる感じがする。


 一通り調べ終わるころには夕方になっていた。


「もう。もう。何も考えられないのである」

 ケーテがぐでっとして、机に突っ伏していた。


「ケーテお疲れさま。ありがとう」

「ケーテ助かったのだ!」


 フィリーも疲れた表情だが、ケーテほどではない。


「いやいや。気にしなくていいのである」


 近くにいたドルゴが言う。


「ケーテ。頑張ったな」

「とうちゃんが我をほめるとは、珍しいことなのである」


 そういって、ケーテは、がははと力なく笑う。

 本当に疲れていそうだ。


「ケーテ。そこまで疲れるのはさぼっていたからだ。ロックさんを見てみろ」

「む?」


 ケーテが俺の方を見る。


「ロックさんは、魔法を使って探し出して、読んで判断して、また魔法を使って。つまりケーテとフィリーさんの二人分の働きをしていたのだ」

「ロックは……本当に人族であるか?」

「もちろん、人族だ」

「人族とは恐ろしいものであるなー」


 フィリーが言う。


「ロックさんが特殊なのだ」

「もちろんロックさんは特殊というか、異常というか、化け物みたいなものであるが……」


 ケーテの言い方が結構酷い。


「フィリーも大概であるぞ。脳みその回転早すぎるのである」

「そうかな?」


 フィリーが首を傾げていた。


「我もフィリーの読んでいるところを読んでいたのだが……。全然ついていけなかったのである」

「フィリーは読書をよくしているからだと思うのだ」


 フィリーがそういうと、ドルゴが首を振る。


「フィリーさん。基本的に竜族は人よりも読書スピードがはるかに速いのです」

「それは、知りませんでした」

「ケーテがさぼっていたことを差し引いても、読解の速さで風竜王に勝つとは……。錬金術の天才とお聞きしておりましたが。心底驚きました」

「過分なお言葉ありがとうございます」


 ドルゴに褒められて、フィリーは照れていた。


「ロック。フィリー。よさげな魔道具を作れそうであるか?」

「ああ、頭の中にはもう魔法回路はできている。フィリーはどうだ?」

「フィリーも準備完了なのだ。素材も……。一つだけなら手持ちでいけると思うのだ」


 やっと、魔道具製作に入れそうだ。

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