第117話

 ヴァンパイアが灰になったのを確認すると、俺は得られた情報を整理することにした。


 ヴァンパイアが命に代えても壊した鏡は至高の王の王宮につながるものだった。

 この遺跡は愚者の石を製造する魔道具が置かれているらしい。

 そして、愚者の石の製造装置は他にもあるようだ。


「フィリーなしで愚者の石を精製する方法を探しているのか……」


 阻止に動いたほうが良いだろう。

 それに、王宮というのも気になる。至高の王とは一体何者なのだろうか。


 そんなことをしばらく黙って考えた。

 するとかすかに後方で動く気配がする。

 振り返ると、物陰からガルヴの尻尾がはみでていた。


「だ、だめだよ、ガルヴ。尻尾でてるよ」

「がう?」


 ささやき声が聞こえてくる。

 隠ぺい魔法が掛かっているから、多少声を出してもヴァンパイアには気付かれまい。

 尻尾がはみでても、多少なら大丈夫なはずだ。

 だが、はみでた尻尾がびゅんびゅん揺れたら、さすがにばれるだろう。


「ニア、ガルヴ。もう出てきて、大丈夫だぞ」

「……」

 返事がない。しんとしている。


「ああ、そうか」


 俺は幻術を解除した。

 すると、ガルヴが出てきた。尻尾を振っている。

 ニアもその後ろから出てくる。


「ニアもガルヴも、冷静で素晴らしかったぞ」

「ありがとうございます」

「がう」


 頭をわしわしと撫でてやる。


「ロックさん。あの術はなんなのですか? 風景が一変したのですが……」

「ああ、あれはルッチラに教えてもらった幻術だ」

「ものすごい便利な魔法ですね」

「たしかに便利だが、こちらの魔力と向こうの魔法耐性の比べあいに勝たないと、いまいち効果が薄いんだ」


 視覚だけを誤魔化すなら、あまり難しくはない。

 だが、匂い、音、痛みなどの、視覚以外の五感を幻でごまかすのはとても難しい。


「そうなのですね。勉強になります」

「がうー」


 俺はニアとガルヴの頭を撫でながら尋ねる。


「話は聞いていたか?」

「はい。愚者の石の製造装置があるとか」

「そうらしい。ヴァンパイアの死骸処理を済ませたら、調べに行くぞ」

「はい」

「がう!」


 ヴァンパイアの死骸である灰からは魔石が見つかった。

 メダルはない。アークヴァンパイアだったのだろう。


「この遺跡にはロード一体、アーク二体か。それにゴブリンロードとゴブリンたち」

「……そうですね。質問よろしいですか?」

「何でも聞いてくれ」

「父からは、アーク以上のヴァンパイアがゴブリンを使うことは珍しいと聞いたのですが……」

「たしかにそういう傾向はある。もしかしたら戦力が足りてないのかもしれない」


 そして、俺はシアと初めて会った洞窟での話をする。

 ニアとシアの父ダントンたちに眷属を皆殺しにされたヴァンパイアロードの話だ。

 眷属がいなくなったロードは、再起を図るためゴブリンを配下に加えていた。


「でも、今回はアークもいたのです」

「そうなんだよな。アークがいるならレッサーが複数いてもよいだろうに」

「レッサーヴァンパイアを使えない理由があるのでしょうか」

「かもしれない。詳しいことはわからないがな。頭の片隅に置いておこう」

「はい」

「がう!」


 ニアとガルヴの元気な返事を聞きながら、俺は考えた。

 レッサーを使わない理由。

 他の場所で使っている可能性があるのではないか。

 レッサーならば、神の加護のもとでも、ある程度動ける。

 奴らは神の加護を誤魔化す魔道具を持っている。だが、貴重なものであるはずだ。

 それなりの数を王都内で動かすなら、レッサー以下になるだろう。


 王都にレッサーが複数入り込んでいる可能性も警戒しなければなるまい。


 考え事をしながら、隣の部屋に行く。

 三匹のゴブリンと不思議な装置があった。


「ニア! ガルヴ!」

「はい!」

「ガウ!」


 ニアとガルヴは、それぞれゴブリンを素早く倒す。俺も一匹倒した。

 この部屋のゴブリンは装置を動かす労働力だったのかもしれない。


 俺は装置を調べる。さほど大きくはない。

 ガルヴより小さいぐらいだ。


「これが愚者の石を製造できる装置なのですか?」

「だとおもうのだが……」

「どうやって使うのでしょう……」

「さぁ……。まったくわからない」


 操作方法がわからない。


「ゴブリンに操作できるぐらい簡単なのだろうとは思うのだが」

「がうー?」


 ガルヴは装置の臭いを嗅いでいる。


「とりあえず、魔法の鞄に入れるか」

「え? 入るのですか?」

「最高級の魔法の鞄だからな」


 魔法の鞄は容積が大きい。そして入り口の伸縮性がものすごいのだ。

 あまりに巨大だとむりだが、ガルヴ程度の大きさの装置なら大丈夫だ。

 俺は後で調べるために、魔法の鞄に装置を入れた。

 魔法の鞄は、なにを入れても重さが変わらないので、ものすごく便利なのだ。


 その後、ゴブリンの死体から魔石を取り出したりなどの後処理をした。

 鏡の破片もすべて回収した。


 手分けして、ゴブリンの死骸を運びながら、外に出るとケーテが待っていた。


「随分とおそかったな!」

「ゴブリンどころか、ヴァンパイアがいたぞ」

「……なんということだ。竜族の遺跡にヴァンパイアが入り込むとは……ゆるせぬ」

「それはそうと、この装置について聞きたいのだが……」


 愚者の石製造装置を、鞄から取り出してケーテに見せた。


「あ、勝手に遺跡の中の物を動かしたらダメではないか」

「すまない。だがヴァンパイアがこれを使って悪いことをしようとしていたのでな」

「ならば仕方ないのである」

「これの使い方ってわかるか?」

「わからぬ。そもそもその装置は何に使うのだ?」


 ケーテにも、使い方はわからないようだった。

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