第104話

 俺は全員を護るため、とっさに魔法障壁を展開する。

 一面に展開するだけでは無意味である。

 全員の上と前後左右をがっちり固めた。


 火炎はとても強力だ。

 遺跡の岩壁を焼き、ゴブリンの死骸が一瞬で燃え尽きる。


 魔法障壁で直撃は防いでいるが、それでも温度がどんどん上昇していく。

 そして、火炎は一向にやむ気配がない。


「随分と長い火炎攻撃だな」

「このままだと酸欠になりかねないでありますよ」

「たしかにな」


 この火炎は、魔法的なものだ。魔法の炎に空気は必須ではない。

 とはいえ、空気を使ったほうが簡単に火力を出せる。

 空気のある場所で、空気を使わない手はない。


「耐えきってから、油断して乗り込んできたところに反撃を加えたかったが、そうもいかないか」


 俺は魔法障壁を維持したまま、風の魔法を操った。

 遺跡の中から外へ。一気に噴出させる。


 通常の風魔法のように、その場にある空気を使うわけにはいかない。

 そんなことをすれば、この場が一瞬で真空になってしまう。


 魔力を疑似的な空気と見立てて、風魔法を構成するのだ。

 言ってみれば、強力な魔力の風である。

 それを一気に噴出させる。炎を一気に押し返した。


「GYAAAAAAAGYAAAAA」


 遺跡の外から悲鳴が聞こえた。炎をまともに食らったに違いない。

 自分の火炎だ。自業自得である。


 脱出するならば、この隙しかない。


「一気に出る。ついてこい」

「了解であります」

「走ります!」

「はい!」

「がう」


 俺が走ると全員がついてくる。

 再度、火炎に襲われても、防ぐことは可能だが面倒だ。

 全員を連れて、そのまま洞窟の外へと駆け抜けた。


 そこにはドラゴンがいた。

 王都の近くにドラゴンとは、ただ事ではない。

 それも小型のレッサードラゴンなどではない。

 巨大なグレートドラゴンだ。


 ドラゴンは俺たちを見ると、大きな声で咆哮する。

 シアとセルリスは一瞬びくりとした。

 咆哮に混じった魔力に気おされたのだろう。


 グレートドラゴンの討伐ランクはAAA。

 討伐には複数のAランクパーティーが必要だ。

 Bランクのシアも、Bランク相当の戦闘力を持つセルリスでも手に余る。


「ひぅ」

「ぎゃん」


 ニアとガルヴは小さな声で悲鳴を上げた。

 初めての冒険でドラゴンの咆哮はきつかろう。


 ガルヴは尻尾を股の間に挟んでぷるぷるしていた。

 地面に黄色いしみが広がっていく。怯えのあまり漏らしたのだろう。

 まだ子供狼なのでしょうがない。

 圧倒的な強者であるドラゴンに怯えるというのは、本能的に正しいともいえる。

 ガルヴは野生を失っていなかったようだ。後でほめてやろう。


「一旦退くであります!」

「そ、そうね!」


 シアとセルリスは逃げてから応援を連れてくるべきだと判断したようだ。

 冷静でまともな判断と言える。だが、それでは時間がかかるし面倒だ。


「とりあえず、俺が何とかするしかないか」


 俺は全身に魔力を流し、身体能力を強化。一気に間合いをつめる。

 ドラゴンの火炎ブレス。周囲が火の海になる。

 魔法障壁を多重展開。シアたちを守る。

 同時に左手に魔力をまとわせ、自分に向けられた火炎ブレスを払いのける。


「GYA!」

 驚いたのかドラゴンは変な声を上げた。

 間合いを詰めきって、俺は飛び上がる。

 ドラゴンの眼前まで飛ぶと、その鼻っ面を拳で殴りつけた。


「GYAUU!」

 ドラゴンはよろけ、地面にひざをついた。ブレスを吐こうと口を広げる。

 俺は攻撃の手を緩めない。巨大なドラゴンのこめかみ辺りを蹴りぬいた。


「GY……」

 ドラゴンの首が明後日の方向を向くと同時に、火炎ブレスが明後日の方向へ。

 森が燃える。これはまずい。


 俺は効果範囲を拡大し、氷魔法を撃ち込んだ。

 一瞬で一面雪景色のように白くなった。


「G……」

 変な声を上げかけたドラゴンに向けて、俺は魔力弾を撃ち込んだ。

 時間をかけて、被害が周囲に広がるのは避けたい。


 討伐するだけならば容易い。だが、なぜドラゴンがここにいるのか事情を聞きたい。

 速やかに屈服させて、話を聞かねばなるまい。


 魔力弾を食らっても、ドラゴンはまだあきらめていないようだ。

 火炎ブレスを吐こうとする。俺はすかさず口先を氷で固めた。


「GU……」

 口から火炎を吐けず、ドラゴンの鼻から炎が噴き出た。

 ドラゴンは羽を広げる。飛んで逃げようというのだろう。


 そうはさせない。浮きあがったところで羽を凍らせる。

 ドラゴンは落下し地面へと激突した。


 そして、俺はドラゴンの全身を氷で覆っていく。

 顔以外を氷に包んだ。ただの氷ではない。魔法の氷だ。

 容易には溶けないし砕けない。


 ドラゴンは動けなくなった。


「GYAAAAA……」

「降参すれば、許してやる」

「我の負けだ。好きにするがよい」


 ドラゴンは人族の言葉で負けを宣言した。

 セルリスが驚く。


「しゃ、しゃべったわ!」

「そりゃ、これだけ立派なドラゴンだ。人語ぐらい話すだろう」

「そういうものなのね……」


 俺とセルリスが会話していると、ドラゴンが言う。


「解放してくれぬか? 寒くて凍えてしまう」

「それはすまなかった」


 俺は氷の魔法を解除する。

 解放されたドラゴンはしばらくの間ブルブル震えていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る