第78話

 かけらを組み立てたものを、シアは邪神召喚に使う道具ではないかと言う。

 もし、そうならば、とても恐ろしい話だ。


「これは昏き者どもの神の像でありますよ。それに呪いを込めて召喚するであります」

「ということは昏き者どもの神って、こんな姿なのかしら?」

「当然あたしは神自体を見たことないでありますが、そう伝わっているでありますね」


 足が十七本に腕が七本。それにコウモリの羽だ。

 頭は失われているので、頭部がどのようになっていたのかはわからない。


「こんなのがいるのかい? こわいぞ!」

 ミルカは怖がっている。

 たしかに邪神の姿は、とても恐ろしい。


「シアさんは詳しいのね」

「ヴァンパイアどもが崇拝する神の一柱でありますから」


 狼の獣人であるシアは、ヴァンパイアハンターの一族だ。

 そして、ヴァンパイアは昏き者どもの代表的な種族である。

 それゆえ、シアは昏き者どもの文化や信仰にもある程度は詳しい。


「シア。これは召喚し終えた後の像なのか? それとも召喚される前の像なのか? それはわかるだろうか?」


 それは特に重要だ。召喚されたあとならば、邪神をどうにかして討伐しなければならない。

 召喚を防ぐよりはるかに厄介だ。


「そこまではわからないであります」

「そうか」

「お役に立てず、申し訳ないであります」


 シアは申し訳なさそうにする。


「いや。俺たちには、これが何の像か、ましてや何に使うものかすらわからなかったんだ」

「そうよ。シアさん。お手柄よ!」

「そ、そうでもないでありますよ」

 シアは照れて、尻尾をぶんぶんと振った。


「がうがう!」

 ガルヴもテンションが高くなって、尻尾を振ってシアにまとわりついていた。


 ひとしきり、シアをみんなで称えた後、ミルカが真面目な顔で言う。


「で、いったい、だれが下水道にこんなものをばらまいたんだい?」

「まったく、わからないわね」

「そうでありますね。これを下水道にばらまいて何かいいことがあるとも思えないでありますよ」

「魔鼠を集めたり、巨大化させたりする効果はあるのか?」

「それもわからないであります」


 シアはわからないという。

 だが推測するならば、呪いなどの負の力が魔鼠を集めることは考えられる。

 それに魔鼠を急成長させることもありうるだろう。


「明日にでも、もう一度下水道を調べてみるか」

「そうね。なにか分かるかもしれないし。それに、また魔鼠が大繁殖したら困るわ」


 見つけた魔鼠はすべて倒した。

 ガルヴも臭いを嗅いで、隠れている魔鼠がいないかしっかり調べてくれた。

 それでも、見逃していないとは言い切れない。

 そして数匹残れば、一気に繁殖しうるのがネズミという生き物だ。


「まあ、邪神像のかけらは回収したし、急に増える可能性は少ないと思うが」

「邪神像のかけらが、大発生に関与しているって決まっているわけでないのでは?」

「たしかにルッチラの言うとおりだが、全く無関係とは考えにくいだろ」

「それはそうですけど、心配です」


 ルッチラは不安そうだ。王都の民が被害を受けることを心配しているのだろう。

 そんなルッチラを元気づけるかのように、ゲルベルガが寄っていく。

 ルッチラはゲルベルガを抱き上げて優しく撫でた。


 セルリスが思い出したように言う。


「シアさん。そういえば、人探しの依頼どうだったのかしら?」

「ああ、そうだったであります。邪神像のせいで報告を忘れていたでありますよ」

「ということは、何か情報を得られたのね?」

「証拠があるようなことではないので、推理のとっかかり程度に思って欲しいでありますが……」


 前置きしてから、シアは説明を始める。


「最近出された人探しの依頼すべてに目を通してみたでありますよ」

「すべてか。それは大変だっただろう」


 王都は広い。人口も多い。

 人探し系の依頼は常時十件近く出ている。


「読んだだけでありますけど。それでも、なにやら最近は人探しの依頼が増えていたので、大変だったでありますよ」

「三十件ぐらいあったものね」

「そんなにか? それは異常だな」

 三倍というのは、たまたまで片づけられるレベルではない。


「あたしは今月に出された依頼を中心に当たっていったでありますよ」

「ほうほう」

「いなくなった三十三人のうち、貴族の徒弟や奉公人をしていたのが十人いたでありますよ」

「それは多いな。どの家だ?」

「マスタフォン侯爵家の奉公人が一番多くて三人であります」

「他は?」

「ばらばらでありますね。二人の奉公人がいなくなったのが、マルクル伯爵家、フリア子爵家であります。他は全部一人でありました」


 話を聞いていたミルカが言う。


「つまり、怪しいのはマスタフォンとか言うやつだな!」

「うーん。そうとも限らないわね」

「セルリスねーさん。そうなのかい?」

「三人も二人も大差ないわ」

「……それもそうかもしれない」


 ミルカはセルリスの言葉に納得したようだ。

 シアが、セルリスの言葉にうなずいてから続ける。


「本題はここからでありますよ。いなくなった人たちが奉公していた家でありますが……。だいたい同じ地区にあったであります」

「ほほう」

「どの家かはともかく、その地区には何かあると考えたほうがいいでありますよ」

「その地区って、どこだ?」

「……それが、ロックさんの屋敷のあるこの辺りであります」


 シアは深刻な表情でそういった。

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