第77話

「ただいま帰ったでありますよー」

「おかえりー。みんな居間にいるぞー」

「了解であります」


 シアの声が聞こえた途端、ガルヴが勢いよく立ち上がる。

 そして、勢いよく尻尾を振って、玄関の方へと駆けて行った。


「おお、ガルヴ、元気でありましたかー?」

「がうがう!」

「よーしよしでありますよー」


 玄関から楽しそうな声が聞こえる。

 ガルヴは狼だけあって、狼の獣人のシアが好きなのかもしれない。

 特に懐いている気がする。


 しばらくシアは玄関でガルヴと遊んでいるようだった。


 なので、こっちはこっちで話を進める。

 ルッチラが言う。


「うーん。王宮にもっていけないのなら、どうやったら宮廷錬金術士に見てもらえるんでしょうか?」

「エリックに相談してみるか」

「国王陛下に直接頼むような案件ではないわ。パパに言えばいいと思うの」


 セルリスの父、ゴランは貴族にして冒険者ギルドのグランドマスターだ。

 宮廷錬金術士にも当然コネはあるだろう。


「ゴランが帰宅しそうな頃に、屋敷の方に行ってみるか」

「うーん。パパなら、一度こっちに顔を出しそうだし、すれ違いになると思うわ」

「それはないだろう。ゴランは忙しいからな」

「そんなことはないと思うわ」


 そう言ったセルリスはとても真面目な表情だ。

 まさかとは思うが、セルリスはゴランが暇だと勘違いしているのではなかろうか。

 一応、言っておくべきだろう。


「いや。セルリス。ゴランはとても忙しいんだぞ」

「ああ、違うわ。パパは忙しくてもこっちに顔を出すんじゃないかなって」

「まさか。家に帰ってすぐに寝るだろ」


 これからゴランは我が家によく遊びに来るとは思う。

 だが、それは休日の前日とかだろう。特に用もないのに、平日に来るわけがないのだ。


「それでも、パパは顔を出すと思うわ」

 セルリスは、あくまでそう主張する。


 そんなことを話していると、シアがガルヴと一緒にやってきた。

 ガルヴはシアにすごく懐いている様子だった。


「ただいまであります!」

「おかえり」

「魔鼠退治はどうだったでありますか?」

「それがね。……ものすごい大きな魔鼠が大量にわいてたのよ」

「ほほう。恐ろしい話でありますね。で、見つかったでありますか?」

「それが全くなの」

 シアとセルリスは、俺たちにはわからない会話をしている。


「ココッ!」

 ゲルベルガが強めの声で鳴いた。

 もっとわかるように説明しろと言っているかのようだ。


「ゲルベルガさま、ごめんなさいでありますよ。セルリスさんには下水道に行方不明の人たちが隠れてないか見て欲しかったであります」

「そうなの。王都は衛兵が出入りをしっかり管理しているでしょう? だから素人が記録に残らない形で外に出るのは難しいわ」

「それはそうだろうな」


 俺が同意すると、セルリスは続ける。


「行方をくらました人が自分の意思で隠れている場合、下水道が最適なんじゃないかって、シアさんと話し合ったのよ」

「そうだったのか」

「まったく、いなかったわけだけど……」


 ルッチラが真面目な顔で言う。


「魔鼠に食べられたという可能性はありませんか?」

「……」


 全員が黙った。ルッチラの意見が見当違いなものであるから沈黙したのではない。

 むしろ、可能性は充分にある。

 人が魔鼠に襲われる光景を想像して、押し黙ったのだ。


「大きな魔鼠に成長するには充分な餌ということでありますね……」


 シアは険しい顔で言った。

 人を食らって大きくなったのなら、骨も残らないかもしれない。


 その時、ミルカが言った。


「うーん。おれが下水道にいたころには他に人はいなかったぞ」

「そうなのか?」

「うん。確かにいなかったぞ。他に人がいなかったから快適だと思ったんだからな」

「ちょっと待って」


 セルリスが困惑した表情になっていた。


「ミルカがこの家に侵入したのが昨晩よね」

「そうだな」


 色々あったので、だいぶ日数が経った気がする。

 だが、実際には一日も経っていない。


「昨日ミルカが魔鼠に食べられていない。つまり、それから今までの間にあれほど大発生したということになるわ」

「……ネズミ算式といっても限度があるでありますよ」

「一日……いや、数時間遅れたら、ミルカは魔鼠の餌になっていたかもな」

「……こ、こえー」

 ミルカは顔面蒼白になってた。


「本当に無事でよかったわね」 

 セルリスがミルカを抱き寄せる。そして優しく頭を撫でていた。


「一晩でそれだけ増えたということは移動してきたのでありますかね」

「移動も考えにくいが、繁殖よりかは、まだ現実的かもしれないな」


 そのとき、シアは机の上に目をやった。


「む? これはなんでありますか? いや、まさか……これは」

 シアが指し示したのは、かけらを組み立てて作った謎の像、それを入れた木の箱だ。


「ああ、これは魔鼠の死骸から集めたかけらを組み立てたものだ」

「…………」

 シアは真剣な目で、無言でそれを見つめる。


「なんに使うか全くわからないんだよ。シアは何か知らないか?」

「……これは邪神を召喚する際に使う像に似ている……、と思うでありますよ」

「邪神?」

「昏き者どもの神。そのうちの一柱であります」


 シアはとても恐ろしいことを言った。

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