第50話

 俺は崩壊した壁の向こう側を慎重にうかがった。

 特に危険を感じない。罠も無ければ、魔物も居なさそうだ。


 ダンジョンの隠し部屋というよりも、人の住んでいる部屋に見える。


「というか……なんとなく見覚えがあるな。ここ」


 俺は静かに向こう側へと移動する。

 ルッチラとミルカもついてきた。


「ロックさん。ここって……」

「すげー金持ちの家っぽいな」


 ミルカは少し興奮気味だ。


「ロックさんロックさん」

「なんだ?」

「ここって空き家かな。空き家なら寝床にしたいんだけど」

「空き家の訳ないだろ。というか、空き家でも勝手に入り込んだら違法だぞ」

「あ、そっか。そういえばそうだったな。ごめん」


 そんなことを小声でささやきあっていると、部屋の向こう側に気配を感じた。

 静かな足音が徐々に確実にこちらに近づいている。


「ロックさん、隠れましょう」

「そうだな、やべーよ」


 ルッチラとミルカがそういって近くの机の下に潜り込んだ。


「ロックさんも早く早く」

「わかったよ」


 俺も仕方なく机の下に隠れる。

 ゲルベルガは緊張しているのだろう。小刻みに震えている。


「ゲルベルガさま。大丈夫だぞ」

「コ」


 安心させるように、優しく羽を撫でた。

 その後、すぐに扉が開かれる。


「なに奴だ」

「っ」


 静かだが、張りのある誰何の声だ。ミルカがびびって、息をのむ。

 だが俺にとっては知っている声だった。ほっとして、俺は机の下から出る。


「夜分遅くにすまない」

「ラ……ロックか。こんなところでどうしたのだ?」


 やってきたのは、寝間着姿のエリックだった。右手に聖剣を携えている。

 エリックは机の下に俺以外の人間がいることに気づいて、ロック呼びに変えてくれた。


「そのまえに、お前が自ら来るのか。まずは衛兵とかを派遣したほうがいいぞ」

「ロック。そうは言うがな。この隣は俺の寝室だ」

「そうだったのか。それは本当に夜分遅くすまない……」


 見覚えがある気がしたのは、王宮だったからだ。

 この部屋には来たことはないが、壁紙などが王宮のそれだから見覚えがあったのだろう。


「隣に侵入者の気配がしたんだ。衛兵を呼ぶより俺が向かった方が早いからな」

「そりゃ、早いだろうが、立場があるだろ」

「まあ、そういうな。それより連れを紹介してくれ」

「ルッチラ、ミルカも出てきてくれ」


 机の下からルッチラとミルカが出てきた。


「おお、ルッチラであるか。また会えて嬉しいぞ」

「そういって頂けて光栄です。ありがとうございます」

「で、エリック。こちらはミルカだ。さっきそこで知り合ったところだ」

「俺はエリックだ。ロックの友人である。よろしく頼む」

「おう! ロックさんの友達なんだな! よろしくたのむぜ!」


 ミルカは明らかにエリックが勇者だとも王様だとも気づいていない。

 生きるのに精いっぱいで、常識を学ぶ機会がなかったのだろう。


「ところで、こんな時間に知り合うものなのか?」

「それは、なぜ、ここにいるのかという話にもつながるんだがな」


 俺は今までの経緯を説明した。


「つまり、ロックの家からここまでつながっている通路があったということであるか?」

「まあ、簡単に言えばそうなる。厳重に封印はされていたけどな」

「なるほど。そうであったか」

「最近、警備体制が緩くないか?」

「返す言葉もない」


 先日、王宮へのヴァンパイア侵入を許したばかりだ。

 下水道から、歩いて王の寝室の横まで来れるというのは由々しき事態だ。

 一応、超一流の魔導士でなければ突破できない岩壁でふさがれてはいた。

 だが、不用心なのは確かだ。


「とにかく、壁が崩壊して通路と下水道とつながっているのはまずいぞ。すぐに直した方がいい」

「そうだな」

「そもそも、なんで俺の家とここがつながってるんだ? 訳が分からんのだが」

「それについては……。心当たりはある」

「そうなのか?」

「ああ、恥ずかしい話ではあるのだがな」


 そう言って、エリックは語り始める。

 先々代の王、つまりエリックの祖父には愛人がいた。

 夫の男爵を早くに亡くした美人の男爵夫人だったらしい。

 俺の家は先々代の王が、その愛人のために用意した屋敷なのだという。


「祖父はその通路を通って男爵夫人の家に行ったり、男爵夫人を呼び寄せたりしていたのだろう」

「ああ、だから寝室の隣に通じていたのか」


 ルッチラが尋ねる。


「なぜその男爵家は断絶になったのでありますか?」

「跡継ぎが絶えたからだぞ。男爵夫人には一人だけ子供はいたのだが、その子供は侯爵家に養子に入って跡を継いだからな」

「つまりその侯爵さまはエリックの叔父さんか」

「……その、可能性はとても高いと言わざるをえない」


 庶子とは言え、王の子だ。気を使って侯爵にしたのだろう。

 跡継ぎのいない侯爵家なら、王の力で養子を送り込むこともできるだろう。


「事情は分かった。それで、この通路どうする?」

「ロックの家とつながっているのは問題ない。だが、下水道とつながっているのは看過できぬな。ふさがねばなるまい」

「えっと、つまり下水道とつながっている部分を封鎖して、通路自体は維持するってことか?」

「そうだ。そのほうが心強い。迷惑か?」

「迷惑ではないがな。セキュリティ的な面から不安ではないのか?」

「ロックなら魔法で何とかできるであろう?」

「それは、まあできるが」

「宮廷魔導士に頼むよりロックに頼む方が安心できるからな。もちろん、報酬は払う」

「じゃあ、大急ぎでふさぐことにするよ」

「かたじけない。苦労を掛ける」


 下水道との通路は、石の壁でふさいで魔法で強化すればいい。

 崩れたところだけでなく、通路全体を魔法で防御したほうがよいかもしれない。

 俺の魔法があれば、王宮の宝物庫以上に侵入しづらい通路にすることもできるだろう。


 俺が通路補強の方法を考えていると、ミルカが俺の袖を引っ張った。


「ロックさん。おれの寝床の入り口ふさいじゃうのかい?」

「そうなる」

「そんな……」


 ミルカは悲しそうな顔をした。俺はとても可哀そうに思った。

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