第42話

 ヴァンパイアハイロードの胸から剣先がのぞく。口から血がこぼれた。

 その剣先をハイロードは左手で握る。


「犬風情がっ! 我に触れるなど!」

 そう叫ぶハイロードの顔は、俺の放った魔法の炎に包まれている。


「あたしは狼でありますよ!」

 そう言うと同時に、シアは剣を引き抜く。ハイロードの左手の指が飛んだ。

 だが、見る見るうちにハイロードの傷口が癒えていく。

 炎に包まれている顔も、燃えると同時に癒えていく。


 ハイロードの回復量の方が、与えたダメージを上回っているのだろう。

 だが、追い詰めつつあるのは間違いない。


「貴様ら、ゆるさぬ!」


 ハイロードが全身から、数十本の魔力の矢を一気に放った。

 矢からは昏き魔力を感じる。呪いの矢だろう。


 俺とシアは同時に飛び退った。

 俺の方に飛んできた矢は剣で叩き落とす。そして、シアの方には魔法障壁を張った。


 そうしておいて、俺はハイロードに向かって突撃する。

 魔神王の剣で攻性防壁を切り裂いて、ハイロードに斬りかかる。

 ハイロードを防戦一方に追い込んだ。


 ハイロードがわずかな隙を見せるたび、シアが的確に斬りかかり手足をおとす。

 そのたびに、ハイロードは悲鳴を上げた。


 そして、再生するために魔力と意識が傷口へと偏る。その隙を俺は見逃さない。

 魔神王の剣で斬りさき、火炎で燃やし、ドレインタッチで魔力を吸う。


「ぐおおおおおお」

 ハイロードはたまらずに、霧に変わろうとした。


「コケコッコオオオオオオオオオオオぉぉぉお!」

 それまで大人しくしてたゲルベルガが、高らかに鳴いた。

 霧になりかけた部分が一瞬で灰になる。


 さすがはハイロード。一鳴きでは死なないらしい。

 だが、大きなダメージを与えたのは間違いない。


「なんだと!」

 ハイロードは驚愕に目を見開き、そして笑った。


「その鳴き声……神鶏がいるな」

「コッ」


 俺の懐の中で、ゲルベルガがかすかに鳴いた。

 プルプル震えている。


「連れてきてくれて感謝するぞ」


 ハイロードは笑いながら右手を上に掲げる。ハイロードの魔力が拡散した。

 周囲に結界が張られるのを感じた。


「これは……神の加護か」

「そうだ。ただし昏き神の加護だがな」


 神の加護は大都市に張られる結界だ。強い魔物ほど制約を受けることになる。

 昏き神の加護ならば、逆に強い人族、聖なるものほど制約を受けることになる。


「つぅうう」

「こぉぅぅ……」


 鈍器で殴られたような激しい頭痛が俺を襲う。全身がしびれ、うまく動かない。

 ゲルベルガも苦しそうだ。シアも地面にひざをついている。


 昏き神の加護の中、慣れない剣術で戦うのはきつそうだ。

 意識せずとも体が動く使い慣れた魔法で戦うしかない。


 そんなことを考えていると、ハイロードがまっすぐに俺に向かって突っ込んできた。

 狙いは明らかにゲルベルガだ。


「させないであります!」

 シアがハイロードに向かって剣を投げつける。


「もう遅いわ!」

 シアの剣を弾き、ハイロードは俺に向かって手を伸ばす。


 ――バシッ

 俺に触れようとした瞬間、ハイロードの手がはじけ飛ぶ。

 俺の張った攻性防壁に不用意に手を突っ込んだのだ。当然そうなる。


「なんだと! なぜ、お前が攻性防壁を使えるのだ!」

「お前ごときが使えるものを、俺が使えないわけないだろ」


 とりあえず自慢げにそう言っておいた。

 先程ラーニングしたばかりだが、教えてやる必要はない。


 俺は頭痛に耐えつつ、周囲を魔力で探索した。

 昏き神の加護、その結界のコアがこの近くに必ずあるはずなのだ。


 そしてなんとか見つけた。

 だが、昏き神の加護の制約を受けている。走って近づくには遠い。


 俺は魔法で体を強引に操る傀儡人形マリオネットを自分にかけた。

 体が勝手に動き出し、コアに向かって駆けだした。

 昏き神の加護の中だ。筋肉が断裂しかける。意識が朦朧とする。

 だが、傀儡人形の魔法は容赦ない。構わず俺の体を動かしていく。


 やはり傀儡人形で動かすのでは、速さがいつもより数段劣る。

 ハイロードは俺が何をしようとしているのか気づいたのだろう。


「小癪なことを!」

 俺に向かって突っ込んでくる。ハイロードの方が速い。


「よそ見とは余裕でありますね!」

 俺に切りかかろうとしたハイロードを後ろからシアの剣が貫いた。

 もともと、シアが持っていた剣だ。


 強いものほど制約を受けるのが神の加護。

 シアも強いが俺ほどではない。だから、今は俺より速く動けるのだろう。


「きさまぁあああ」

 ハイロードが絶叫を上げながら、シアに向かって剣をふるう。

 シアは懸命にかわすが、かわし切れない。肩を切られる。血が飛び散った。


 その時、やっと俺はコアに到達、魔神王の剣で破壊する。

 たちまち昏き神の加護が消え去った。

 一方、ハイロードはシアにとどめを刺そうと剣を振りかぶっている。


 俺は傀儡人形を解除し、ハイロードとの間合いを一瞬で詰め剣を持つ腕を斬り落とす。

 それだけでは止まらない。

 左手を魔法で強化し、顎を殴りつける。わずかな時間、ハイロードの動きが止まる。


 俺はすかさずハイロードの首を魔神王の剣ではねた。

 ハイロードはあきらめない。霧に変化して逃亡を図った。


「変化させるわけないだろ!」

 俺は魔神王の剣で切りかかる。


「コケコッコオオオオオオオオ」

 そしてゲルベルガが再び鳴いた。

 ハイロードは首だけを残して灰になった。

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