第41話

 俺とシアがさらに奥に進むと、行き止まりに重厚な扉があった。

 その奥から、濃密な昏い魔力が漏れ出している。


「ぶちやぶるぞ!」

「了解であります!」


 俺は魔神王の剣で、扉をぶったぎる。そして斜めに切断された扉を蹴り飛ばした。

 二つに分かれた扉が部屋の奥へと飛んでいく。

 扉はそのまま、中にいた者にぶつかる。その寸前に扉は粉々に砕け散る。


「無作法がすぎるぞ」


 中にいた銀髪の青年が、玉座のようなものに座ったまま、身じろぎもせずに言う。

 ロードとは比べ物にならないほど禍々しい昏い魔力があふれている。

 ヴァンパイアハイロードに間違いない。


 俺はシアに向かって注意を促す。


「攻性防壁だ。気を付けろ」

「了解であります」


 扉はハイロードに当たる寸前に砕けた。

 普通の障壁ではない。触れたものを破壊する攻性防壁である。

 不用意に触れれば、吹き飛ばされるだろう。


 ハイロードの少し離れた場所に檻があった。

 その中には大きな狼が入っている。


「あれはなんだ?」

「あれは……もしや……。いえ。はっきりとは、わからないであります」


 シアには少し心当たりがあるようだ。だが、確証はないのだろう。

 味方か敵かわからない。ならば、後回しにすべきだろう。


「とりあえず、あれは戦闘後だ」

「わかったであります」


 ハイロードはシアを見て、それから俺を見た。


「犬が嗅ぎまわっているのは知っておったが、お前は犬ではないようだな」


 ハイロードは魔力のこもった視線で俺の目をじっと見つめる。


「念のために言っておくが、魅了は効かねーぞ?」

「それはどうかな? 貴様、名は何という?」

「お前に名乗る名前はない」


 俺とハイロードが会話しているあいだも、シアはじりじりと移動している。

 ハイロードの横に回り込もうとしている。隙あらば斬りかかるつもりだろう。


 ハイロードは魔力のこもった視線を俺に向け続けている。

 俺は狼の獣人ではない。だから魅了がかかると考えているのだろう。

 ハイロードはロードよりもはるかに魔力が高い。

 抵抗できる人族は、そうそういない。

 これまで、ハイロードの魅了に抵抗できたものはいないのかもしれない。


「配下のロードは何体いるんだ?」

「ふむ。本当に魅了は効かぬのか?」

「そう言っただろう?」


 会話をしながら隙をうかがう。だが、さすがはハイロード。なかなか隙が見つからない。


 悠長に時間をかけるのはあまりよくない。

 時間をかければ、眠りの雲スリープクラウドの効果が切れる。

 そうなれば、レッサーヴァンパイアどもが起き出すかもしれない。

 ロードを足止めしているエリックたちも心配だ。なるべく急いだほうがいい。


 そうこうしている間にシアが真横まで回り込んだ。

 シアはとびかからずに、一瞬俺に視線を向けた。

 いつでも行けるという合図だろう。


「さて……」


 つぶやくと同時に俺はハイロードに魔神王の剣で切りかかる。

 剣が攻性防壁に当たって火花が散った。そのまま防壁を砕いてハイロードの体に迫る。


「おぉ……?」

 戸惑いながらもハイロードは自分の剣で、俺の斬撃を防いだ。

 攻性防壁が破られると思わなかったのだろう。


「りゃあああああああああ!」

 俺の剣が防がれたのとほぼ同時、シアがハイロードに躍りかかる。


「ぬっ!」

 体勢を崩しながらもハイロードは辛うじてシアの剣をかわす。わずかな隙ができた。

 それを見逃す俺ではない。素早く斬撃を浴びせる。


 ハイロードは人間ではあり得ないほど体をひねる。

 まるで、骨のない粘土でできた人形のようだ。

 ハイロードの異常な動きをもってしても、俺の斬撃はかわしきれない。

 左腕を飛ばした。


「おのれ……」


 ハイロードは後ろに飛んで、距離をとる。

 今の斬撃で、胴体を切断できなかったことに俺は驚いていた。

 だが、それは表情には出さない。


「まずは左腕をもらった」

 余裕をもってそう言った。


「左腕をもらっただと? 何を言っている?」

 ハイロードはそういうと、左腕が一瞬で再生する。


「どういうことでありますか」

 シアが困惑している。

 今まで魔神王の剣に切られたヴァンパイアの体は再生せずに灰になっていた。


 ハイロードがにやりと笑う。

「なにやら恐ろしい剣のようだが、俺には効かぬぞ?」

「き、効いてないでありますか?」

 シアが少し動揺していた。だから、安心させるように言う。


「奴はロードよりも魔力が多いからな。一撃では吸えないってだけだ」

「なるほど。効いていないわけではないでありますね」


 その時、ハイロードは無言で氷槍を放ってきた。

 ハイロードの放つ氷槍はとても速い。数も多い。動きも不規則で予測しにくい。


 シアは横に転がりつつ、懸命にかわす。

 俺は氷槍を剣で叩き落としていく。

 部屋の温度が急速に下がった。


 シアの動きは素早いが、かわしきれていない。

 服や髪の毛や獣耳の先が凍り付いている。あまり余裕はなさそうだ。


「愚かなり。戦士二人で我に勝てると思ったのか?」

「はぁ? お前こそ、どうして俺に勝てると思ったんだよ」


 俺は火炎魔法を放つ。一瞬で部屋の温度が上昇する。

 シアと檻の中の犬が燃えないようにだけ注意した。


「俺が戦士だって、一言でも言ったか?」


 ハイロードの放つ氷槍はすべて蒸発して消え去った。

 俺は右手に魔神王の剣をもち、左手に炎をまとって、ハイロードにとびかかる。

 剣で攻性防壁を切り裂いた。ハイロードは必死の形相で斬撃を剣でふせいだ。

 その瞬間、俺の左手の炎がハイロードの顔面を焼く。


「ぐあああああああ」

「りゃああああああ」


 ハイロードが絶叫すると同時に、その心臓をシアが後ろから剣で貫いた。

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