第16話

 夜も更け、楽しい飲み会は解散となる。

 俺はゴラン邸に、アリオたちは宿屋へと戻ることになった。


 俺はアリオたちに向かって言う。


「アリオもジョッシュも、人手が足りない時はいつでも言ってくれ」

「それは助かるが、どこに連絡すればいいんだ?」


 そう問われると少し困る。


「ロックさんの常宿はどこなんですか?」

「えっと……」


 ゴランの屋敷と伝えるわけにもいかない。

 ギルドのグランドマスターの屋敷に泊まっているFランク冒険者など不自然だ。


「常宿はちょっと……」

「なるほど」

「そうですよね」


 俺が言葉をぼかすと、アリオとジョッシュは、なぜか納得してくれたようだ。

 アリオが俺の右肩を叩く。


「ロック。わかるぞ」

「……なにが?」


 アリオはうんうんと頷いている。

 勝手にわかられても、困るというものだ。


 ジョッシュが俺の左肩を叩いた。


「何も言わなくても大丈夫です」

「だから何をだ」

「あの強さです。ロックさんはただ者ではないのでしょう?」

「お、おう?」


 まさか、俺がラックだとばれているのだろうか。

 少し不安になる。


 だが、アリオとジョッシュの前ではゴブリンしか倒してないはずだ。

 鮮やかに倒したとは思うが、英雄ラックだとばれるほどではない。

 ……と思う。


 アリオが真面目な顔で言う。


「そうだな。常宿など決めたら、殺し屋に狙われるものな、うん」

「そうですよ」


 ジョッシュも同意する。


「いや、別に狙われないと思う」

「わかってる。ロックは今はFランク冒険者だからな」

「そうですね。ロックさんはFランク冒険者だから狙われたりしませんね」

「狙われたりしない。うん」


 そこまで聞いて、やっと理解した。

 恐らく、アリオとジョッシュは俺が正体を隠していることには気が付いている。

 だが、隠している理由を裏社会に狙われているからだと考えているらしい。

 元殺し屋あたりだと考えているような気がする。


「……えっと」

「なにも言わなくても大丈夫です」

「そうだぞ、誰にだって言いたくない過去ぐらいある」

「たとえ、元……いやなんでもありません」


 ジョッシュが何か言いかけた。ものすごく気になる。

 突っ込んだら藪蛇になりそうなので、スルーしておくことにした。


「とりあえず、なるべく毎日冒険者ギルドに顔を出すようにするよ」

「ああ、わかった。俺たちも人手が足りない時は冒険者ギルドに行ってロックを探すよ」

「ロックさん、今回は本当にありがとうございました」


 アリオたちは、俺を裏社会に狙われていると勘違いしたまま宿へと帰っていった。

 ちなみに、その間、シアはずっとくすくす笑っていた。


「アリオさんたちの中では、完全に元やばい人になっていたでありますね」

「……やっぱりそうか」

「そうでありますね。さっきの食堂でもお手洗いに行ったとき、アリオさんたちが立ち話しているのを聞いたでありますが……」

「ふむふむ?」

「暗殺教団の元幹部だろうって、予想していたでありますよ」

「……暗殺教団」


 殺し屋よりやばい予想をされていた。さすがに困る、……のだろうか。

 いや、アリオたちは言いふらさないだろうし、別に困らない気がする。


 そんなことを考えていると、シアが改めて頭を下げた。


「今回は助けていただいて、本当にありがとうでありますよ」

「いや、気にしなくていいぞ。シアは故郷に帰るのか?」

「そうでありますね。いったん戻って、名誉を回復しないといけないでありますから」

「シアも人手がいるならいつでも言えよ」

「そう言ってもらえると助かるでありますよ」


 シアが真剣な表情になり顔を寄せてきた。

 小声になる。


「ラ……ロックさんは、モートン卿と直接お話できるでありますか?」

「できるぞ」


 モートン卿というのはゴランのことだ。

 ゴランのフルネームはゴラン・モートンという。


「ヴァンパイアロードについて、モートン卿にも注意を促してほしいであります」

「それは構わないけど、既にギルドには報告したんだろう?」

「当然報告はしたでありますが……冒険者ギルドは大きな組織でありますから……」


 シアの言いたいことはわかる。

 冒険者一人の一回の報告だけで、即座に冒険者ギルド全体が動くようなことはない。


 報告が嘘である可能性もある。

 本人に嘘をつくつもりがなくても、結果として嘘になることもある。

 だから、まずは本当かどうかを調べるために冒険者を派遣して確認するのだ。

 その結果を見てギルドは動くかどうかを決めるのだ。


 当然、グランドマスターであるゴランのもとに報告が行くまでに、しばらくかかる。


「わかった。次元の狭間への扉を開かれたら困るしな」

「お願いするであります。あたしは故郷で情報収集してくるでありますよ」


 シアの一族はヴァンパイア狩りを生業にしている。

 ヴァンパイアロードの情報も集まりやすいのだろう。


「忘れるところでありました」


 そういって、シアはヴァンパイアロードのメダルを半分渡してくる。

 ヴァンパイアロードが体内に埋め込んで呪いを溜めこんでいたメダルである。

 解呪する際に魔神王の剣で切り裂いたので二つあるのだ。


「これをロックさんに渡しておくであります」

「いいのか?」

「もちろんであります。半分あれば、名誉は回復できるでありますし。モートン卿に説明するにもこれがあった方が便利だと思うでありますよ」

「それもそうだな。ありがたくいただいておこう」


 俺はシアに改めて言う。


「なにか分かったら教えてくれ」

「了解であります。ロックさんに会うには、冒険者ギルドか、モートン卿の屋敷に向かえばよいでありますね?」

「それでいいぞ」


 シアは何度か振り返りつつ、どこかに去って行った。

 どこかの宿に泊まるに違いない。


 俺はゴラン邸に戻る。

 夜も遅いのに、門番はしっかりと立っていた。

 この前の門番とは別の人だ。夜の担当なのだろう。


「お疲れ様です」

「ロックさん。おかえりなさいませ」

「ただいま帰りました」


 門番に見送られて屋敷の中に入る。

 食堂を通りかかると、ゴランがいた。

 一人で、酒を飲んでいる。


「よう、ゴラン。まだ起きてたのか?」

「まだ起きてたのか? じゃねーぞ! ちょっと出かけてくると言って、3日も空けやがって」

「そういえば、そんなに経つか」


 村に到着するまでに一泊、帰りで一泊。ちょうど二泊三日だ。

 復帰後初めての冒険にしては長かったかもしれない。


「いきなり三日もかける奴がいるか! 一言いってからにしろよ!」

「それは、すまなかった」


 ゴランに説教されてしまった。

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