第12話

 ヴァンパイアロードは首だけを残して固めた灰のようになった。

 飛んで逃げようとしたコウモリも、シアに切られて、ほとんどが同様だ。

 灰にならなかったわずかなコウモリは俺が手でつかんで燃やしておいた。

 シアに気づかれないよう、手の平の内側にだけ炎を出して燃やしたのだ。


「俺を滅したところで……」


 首だけになったヴァンパイアロードがブツブツ何か言っている。

 それを無視して、俺はシアに尋ねた。


「これで、汚名をそそげるのか?」

「はい。おかげさまで。ロックさん、ありがとうでありますよ」

「気にするな」


 シアがうやうやしく掲げるようにして、魔神王の剣を返還してきた。


「剣もありがとうであります」

「おお。この剣、使い心地はどうだった?」

「素晴らしい切れ味だったであります」

「それはよかった」


 そして、シアは首をかしげる。


「ただ、切り裂いた時、力がわいたような気がしたであります」

「気のせいでは? 切れ味がいいから勘違いしたんじゃないかな」

「きっと、そうでありますね」


 そういって、シアは笑った。

 やはり、ドレイン効果があったようだ。

 ヴァンパイアロードのような変化して逃げる系の敵には特効があるのだろう。


 俺はシアに尋ねる。


「で、こいつどうするんだ? 首残ってるけど、故郷にもって帰ったりするのか?」

 シアの一族の掟はわからないが、とどめを刺した証拠が求められる可能性もある。

 ギルドに提出する討伐証明は頭の奥にある魔石で充分だ。


 だが、魔石だとヴァンパイアロードを討伐したということまでしかわからない。

 仇討ちならば特定のヴァンパイアロードであることを証明する必要もあるかもしれない。


「それには及ばないでありますよ」

 シアは地面に落ちているヴァンパイアロードの身体を調べはじめた。

 身体はすでに固めた灰のようになっている。

 火箸で暖炉の灰をかき回すかのように、シアはブロードソードで灰をかき回した。


「あったであります」


 シアは灰の中から、手のひらより少し小さいメダルを取り出した。

 メダルにしては大きめだと思う。


 素材は金に似ているが、金ではなさそうだ。不思議な素材だ。

 なにより、強烈な禍々しさを感じる。


「それはなんだ?」

「はい。特別なヴァンパイアロードが身体の中に埋めている呪いのメダルであります」

「そんなものがあるのか……」


 俺が第一線の冒険者として戦っていた10年前にはなかったと思う。

 少なくとも、俺は聞いたことがなかった。

 10年の間にヴァンパイアロードの間に広まった流行なのだろうか。


 しばらく考えていたシアが小さな声で言う。


「ロックさんは命の恩人で、かたき討ちも手伝ってくれた一族の恩人ですから特別に教えるであります」

「なにをだ?」

「このメダルを身体に埋めたヴァンパイアロードが血を吸ったり人の命を奪ったりすると、メダルに呪いがたまるであります」

「ほうほう?」

「充分に呪いがたまると、次元の狭間への扉が開くと言うであります」

「……次元の狭間」


 俺が10年間戦った場所である。

 人間は、こちらから次元の狭間の入り口を開くことはできない。

 人間にとって、次元の狭間は一方通行なのだ。脱出しかできない。

 こちらから開くことができるのは亜神である魔神だけだ。


 10年前、俺たちはこちら側で魔神王と戦い傷つけ追い詰めた。

 そして、魔神王は次元の狭間へと逃げ込んだ。

 俺たちは魔神王が次元の狭間への扉を開いた際に一緒に飛び込んだにすぎない。


 それが、先に脱出したエリックたちが助けに戻ってこれなかった理由でもある。


「次元の狭間というのはですね……」


 シアが解説してくれた。

 異なる世界への通路。それが次元の狭間である。

 次元の狭間の向こうには、昏き者どもの神がいるのだという。


「昏き者どもの神ねぇ」

「はい。魔神は昏き者どもの神、その尖兵に過ぎないでありますよ」

「そうだったのか」


 恐ろしい話だ。

 魔神ですらあれほど強かったのだ。その背後にいる神とは一体どれほど強いのだろうか。


 首だけになったヴァンパイアロードが叫ぶ。


「そうだ、その通りだ! 怯えて暮らすがよい。我らの神が降臨されれば、この世界は我らのものになる」

「それなら、こんなメダルに呪いを溜めたりしていないで、魔神に門を開いてもらえばいいだろ」

「ロックさん、魔神は10年前に……、英雄ラックが、ほぼほぼ倒したらしいでありますよ」

「なるほど」


 確かに俺は魔神を倒しまくった。復活した魔神王すら倒した。

 あれほど湧いてきたのは、次元の狭間への門を開こうとしていたからなのかもしれない。


「一向に扉を開こうとしない魔神など、俺たちはあてにはしない。自らの手で神を召喚するのだ」

「なるほど」


 俺が魔神を倒しまくっていたせいで、一向に扉が開かず、しびれを切らしたのかもしれない。

 もしそうなら、10年戦った甲斐があったというものだ。


「もしかして、10年前の魔神王の襲撃って言うのも……」

「そうであります。昏き者どもの神の尖兵として魔神王が来たのでありますよ」

「勇者エリックたちが撃退したんだったな」

「はい。勇者エリック、戦士ゴランと英雄にして我らの救世主、大賢者ラックに撃退されたので、昏き者どもの神はこちら側に現れなかったでありますよ」


 俺の肩書だけ異常に長いのが恥ずかしい。

 ヴァンパイアロードは首だけで高らかに笑う。


「メダルにはかなり呪いを溜めた。あとわずかの呪いで門が開くだろう」

「どうりで禍々しいと思った」

「そのメダルを取り返しに、他のヴァンパイアロードが押し寄せるだろう」


 シアの顔が引きつる。

 ヴァンパイアロードに昼夜問わず襲われたらメダルを守り切るのは難しかろう。


「怯えて暮らすがよい! 二度とお前たちに安寧は訪れぬと知るがよい」

「ふんっ!」


 俺は魔神王の剣でメダルを切り裂く。剣が呪いを魔力に変換して吸収した。


「なん、だと……。なぜ呪いが……」

「この剣、便利だな」

「その剣は……まさか……魔神王の魔力奪剣マジカル・パンダー……」

「知らん!」


 俺はヴァンパイアロードの頭を魔神王の剣で切り裂く。

 ヴァンパイアロードの頭もすぐに灰へと変化した。

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