第11話

 ヴァンパイアロードはシアの顔を見て、鼻で笑う。


「犬の小娘風情が、身の程をわきまえず追ってきおって」

「うるさい! お前は絶対この手で倒すであります!」

「お前の父でさえ、我を滅ぼすこと能わなんだというに。より非力なお前が我を倒すだと?」


 ヴァンパイアは人の言葉を話せるほど知能が高い。

 魔力も生命力もとても高くて、強力な魔物だ。


 それからヴァンパイアロードは俺の方を見る。


「だが、人間を連れてくるとはな。ほめてやろう」

「なにを言っているでありますか」

「犬には我が魅了は通じぬが……、人間ならば我が魅了が通じるのだ」

「なん……だと……」


 シアの顔が青ざめた。不安そうに俺の方を見る。

 安心させてやろうと思う。


「安心しろ。たかがヴァンパイアロードごときの魅了、俺に通じるわけないだろう」

「フハハハハハ! 虚勢をはるか。人間とは面白いものだな」


 ヴァンパイアロードは機嫌よく笑う。

 先程の不機嫌さは、配下のゴブリンロードを殺された故だったのかもしれない。

 だから、追加の配下が手に入ると思って、機嫌がよくなったのだろう。


「なるほど」

 俺がうなずくと、ヴァンパイアロードは顔をしかめた。


「なにがなるほどだ」

「いやなに。ゴブリンの群れを少なく見せて、冒険者をおびき寄せる作戦だったのかと」

「ふふ。どうやら愚かではないらしいな。その通りだ」

「よく考えたな。ほめてやろう」


 人間の冒険者を魅了できれば、作戦の幅が大きく広がる。

 たとえ、Fランク冒険者であっても、ゴブリンよりはるかに使い勝手はよいだろう。


「ロックさん、一旦退くであります!」

「退きたいなら一人で退け」

「それでは意味ないであります。ロックさんが魅了をかけられたら……」

「だから効かないって」


 俺がそういっても、シアは信じていないようだ。


「あたしのミスであります……」


 獣人の中でも、狼の獣人はなぜかヴァンパイアの魅了にかからない。

 吸血されることもない。

 狼の獣人を吸血したらヴァンパイアの方がダメージを受ける。

 だから、狼の獣人はヴァンパイア退治を生業とすることが多い。


 狼の獣人であるシアは魅了にかからない。

 だから、人間が魅了に弱いことを忘れていたのかもしれない。

 おっちょこちょいにもほどがある。

 俺じゃなかったら大惨事になりかねなかった。反省してほしい。


 ヴァンパイアロードが大きな声で叫んだ。


「逃がすわけがなかろう!」


 そして目が怪しく光る。俺に向かって魅了をかけているのだ。

 俺はあえて目を合わせた。じっと見つめあう。

 ヴァンパイアロードはイケメンだが、まったくドキドキしない。


「男と見つめあってもなぁ」


 そんなことをつぶやくと、ヴァンパイアロードは焦りはじめた。


「なぜ……なぜきかぬ!」

「そりゃ、俺の精神異常耐性が高いからだろ」

「人間ごときが、ヴァンパイアロードの魅了に耐えられるわけが……」

「じゃあ、お前がヴァンパイアロードじゃないんだろ」


 あえて挑発してみた。

 知能の高い魔物を相手にする場合、冷静さを失わせた方がいい。

 より戦闘を優位に進められるようになる。


「自分のことをヴァンパイアロードだと思いこんでる、一般レッサーヴァンパイア……」

 俺がボソッとつぶやくと、ヴァンパイアロードの殺気が膨れ上がった。


「我を愚弄したこと、後悔させてやる!」


 ヴァンパイアロードは俺を先に倒すことに決めたようだ。

 シアに攻撃が行かないよう、挑発した甲斐があったというものである。


 ヴァンパイアロードは俺との間合いを一気につめてくる。

 高位の魔物だけあって、俊敏だ。

 だが、俺にとっては脅威ではない。かわしつつヴァンパイアロードの顎を蹴り上げた。


「ぐぅ!」


 ヴァンパイアロードの牙が飛ぶ。

 ヴァンパイアにとって、牙は強力な武器にして誇りだ。


「きさまあああああ」


 大きな叫び声をあげて、とびかかってきた。

 怒りに我を忘れているせいで攻撃が単調だ。せっかくの高い知能が台無しである。

 軽くいなして、ヴァンパイアロードの整った顔にこぶしを叩き込む。


「ぶでっ」

 ヴァンパイアロードは変な声をあげて、のけぞり、よろめき、地面にひざをつく。


「きさまぁ……」

 顔面が陥没し、色々なものが垂れ流しになっている。

 それでも全く戦意を失っていない。


 再度突撃してきたヴァンパイアロードの首を右手でつかむ。

 そして、ドレインタッチを発動させた。


「ぐあああああ」

 ヴァンパイアロードは大きな悲鳴を上げる。

 生命力を吸収することは得意でも、吸収されるのは苦手なのだろう。


 ヴァンパイアロードは俺の右手を切り落とそうと剣を振り上げた。

 そのような攻撃、俺に当たるわけがない。俺は右手を離して、少し距離をとる。

 ヴァンパイアロードの剣は空を切った。


「レッサーヴァンパイアの割に、結構速く動けるじゃないか」


 挑発は忘れない。シアにターゲットを移されると面倒だ。


「お前一体何者だ……」

「Fランク冒険者のロックだ」

「嘘をつくな!」


 激昂したままヴァンパイアロードは襲い掛かってくるが、すべてかわす。

 そして、俺は的確にヴァンパイアロードの急所を殴っていった。


 10年間の魔神との戦いで、レベルが底上げされているようだ。

 腕力もかなり上がっている。


 戦いながらぽつりとつぶやく。

「……魔素のおかげか」


 魔物を倒すと、その魔素が体内に取り込まれて徐々に強くなっていく。

 だから、魔物を討伐すればするほど強くなるのだ。


 次元の狭間は、ただでさえ魔素が濃い。

 魔神を倒した際、周囲の魔素も同時に取り込んでいたのかもしれない。


 俺は次元の狭間において、ドレインタッチと、ドレインソードを駆使していた。

 その際に、生命力だけでなく魔素も吸い取っていたのかも知れない。


 理由ははっきりとはわからないが、急激に強くなったのは確からしい。


「だから若返ったのかな……」


 そんなことをつぶやきながら、ヴァンパイアロードを殴っていく。

 邪魔をしたら駄目だと思っているのか、シアは後方で待機している。


 ボコボコにされたヴァンパイアロードは、後ろに飛んで距離をとる。

 岩壁を背にして呻いた。


「貴様ぁ……。決して忘れるな。以後、安らげる夜はないと知れ……」


 そして体が数百匹の小さなコウモリへと変化していく。

 これがあるからヴァンパイアロードは厄介なのだ。


 絶対に、逃げられるわけにはいかない。逃がせば近隣の村々に被害が出る。

 こうなっては、戦士の振りもしていられない。

 俺が魔法をぶっ放そうと身構えたとき、


「逃がさないであります!」


 シアが一気に間合いをつめる。

 コウモリになりかけたヴァンパイアロードを魔神王の剣で切り裂いた。


「ぐううがああああああ」


 ヴァンパイアロードの絶叫が上がる。

 切り裂かれた周囲が、コウモリになった部分も含めて灰となる。

 灰を湿らせた後、圧縮して固めたようなもろい状態だ。色は黒い。


「おお、すごい」


 魔神王の剣がすごかった。切れ味が鋭いだけではないらしい。

 魔力と生命力ごと、いや魔素ごと奪い取る。

 そんな効果があるようだ。


「ゴブリン切ったときは、ただの切れ味の鋭い剣だったのに」


 吸収される魔素が少ないから、気づかなかっただけかもしれない。


「りゃあああああ」

「ぐおおおああああ」


 シアが何度も何度も何度も、切り裂いていく。

 ヴァンパイアロード、その全身のほとんどがあっという間に灰と化した。

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