第8話 え?ここからでも使える超万能薬があるんです?
「はあ、何をやっているんです、デバッグおにいさんは」
その場に残されたわたしは思わず深いため息をつく。
大体、女性の胸に触ればそれはもう立派な犯罪なのです。
情状酌量の余地無し、即ギルティ。
「わたくしが素っ頓狂な声を上げたばかりに…」
エル子さんはひどく肩を落としてました。
「お縄にかかってしまいましたが、当然の報いですよエル子さん。それにエル子さんは被害者なんです。ウチの馬鹿がすみませんでした」
「いえ、それでも彼にはこの薬品を先程の金貨のように増やしていただきたかったのですが…」
彼女は透き通った海のような美しい瓶を取り出します。
「へえ。あんた、面白いもの持ってるじゃない。それ、エリクサーね。どんな怪我や病も治せるっていう。かつてそれ一本を巡って戦争が起きたこともあるほどの逸品ね」
サキュ子さんが一目でそれをなんなのか見抜きます。
「あら、よくご存知で。わたくしごとではございますが、実はわたくしの兄弟もまた病弱で、兄と弟、どちらも危篤状態なのです。しかしご覧の通り手元にあるエリクサーは一本。よよよ。わたくしめにはどちらかの命を選ぶなどとてもできません…」
目に涙を溜め、訴える表情に心を打たれます。
「そんな…」
「ご兄弟が病気なんて、とてもつらそう…」
姉を持つサキュ美は人一倍感情移入してしまうのでしょう。
「ならモタモタしてられないわね。上から見た感じ衛兵待機所は少し距離あるけど、まだそう遠くには行ってないでしょ」
サキュ子さんは頼りになります。
「では、追いかけますか」
わたしが席を立とうとした、その時でした。
「ン…ン…ンつくしい…」
金髪長身の不審者が現れたのは。
男は私たちの間に割って入ります。
「ちょっ、なんなんですか貴方!」
思わず声を荒らげてしまいました。
「ン…俺様はンつくしいモノを探す美の狩人、ユニコーン大久保。デバッグおにいさんという人物を探してきたのですが…それはさておきこのエリクサーはンつくしい…そして貴方もなかなかに…ンつくしいですね」
そう言いながら、男はエリクサーを素早く取り上げ、わたしの背後の壁に手を押し付け、わたしの頚部に指を添えます。
いわゆる顎クイ&壁ドンというやつです。
「え、ちょっ、気持ち悪い!」
おもわず男を押しのけます。
「ふ…この俺様を押し退けるなんて…ンつくしー女…」
「いや、初見でいきなりあんなことされたら誰でも抵抗しますよ…」
もはや生理反応です。
「顔を赤らめて、まるで幼子のようだ…その姿もまた…ンつくし…おや?」
突如、男は振り向き、続けます。
「凄まじい殺気を感じたと思ったのですが…貴方でしたか、デゼル」
「別にあんたに個人的な恨みも何もないわよ。でもね、人の物を奪いたいなら、まず人の心から奪いなさいよ。それがあんたのんつくしいやり方じゃないの?」
サキュ子さんが呆れた物言いで語りかけます。
「それは確かに。貴方の言うことはご尤もです。しかし彼女がエリクサーを譲ってくれるとは思えませんでしたので」
彼がエル子さんに目線をやります。
それに釣られて、私も見ます。
「…イヤですわね、か弱いわたくしめをそんなにジロジロ見られては…」
「…デゼル、分かりますね」
「言いたいことは分かったわ。でもそれとこれとは話は別よ」
サキュ子さんはまたも呆れたように男に向かって言い放ちます。
「仕方ない…ンつくしくはありませんが、これは『強奪』することにしましょう」
男は前傾姿勢になると、みるみる姿形を変えていきます。
「これが本来の姿、ユニコーン…さあ、ついてこれますか?」
男だったものは、爆速で酒場を飛び出します。
「あぁ、しまった! 追いかけましょう」
わたしは慌てて外に停めていた脚竜のシキナキに乗ります。
「サキュ子さんとサキュ美さんは飛べるからいいとして、エル子さん、乗ってください!」
「え、ええ。ありがとうございます」
「あたしたちも追うわよ、ジゼル」
「うん、追いかけよう…」
サキュバス姉妹も空を飛びます。
「ああ、ンつくしくない…それではこの世で最も素早い幻獣である俺様に一生追いつけない…」
ユニコーンはニヤリと笑います。
「そんな、どんどん離されていきます!」
ユニコーンは森に突き進み、わたしたちも続きます。
ですが、さすがはユニコーン。
森では本領発揮といった感じなのか、速度を落とさないまま木々の合間を縫って行きます。
「おねえちゃん、これ以上は飛ぶのは危険…」
「分かってる。仕方ないわね、一旦降りるわよ」
サキュバス姉妹も地上に降り、魔力による身体強化のみで走ります。
勝ちを確信したのか、ユニコーンは次第に安全性を重視した走りのフォームに変えていきます。
「ン…ンつくしく…かはっ!」
突如、ユニコーンはふらりふらりと脚をもたつかせ、今にも倒れそうになりました。
「どうやったのかは分かりませんが…誰がやったかは明白…おのれ…ンつくしくない…」
「? なんだか分かりませんが、これなら追いつけそうです!」
どんどん失速していくので、追いつけそうです。
「ふぅ…動く的は当てにくいですわね」
ぼそぼそと、エル子さんが呟いているようです。
「どうかされましたか?」
「いえいえ、なんでもございませんのよ…それよりもほら、そろそろ森を抜けますわ…」
木々のその先に、光がさしてきます。
もうすぐでゴール、そんな予感をさせてくれました。
そしてわたしたちは、木々を抜けます。
───そこには、大きな湖がありました。
──数分前──
「お頭! 今日も拉致った貴族から豊作でやした!」
「ほう、そうかい。あんたら、今日は宴だよ!」
「うおおおおお!!!」
「お頭、この砦に住んでからあっしら女盗賊団も大きくなりやしたね」
「そうさねえ。次は国でも乗っ取っちまうかい! なーっはっはっは!」
「はっはっは! さすがでっせお頭! こうして過ごしてりゃあっしらに男なんてものも怖くねえですし、必要ねえでござんす!」
「男がいなきゃダメな女なんてのは、弱い証拠さ! つまり、あたいらは最強だ! なーっはっはっは!」
「はっはっは!」
「さァて、宴の前に日課の沐浴でもしてくるかね。頭になってから、あたいも沐浴する時間も減っちまったからなァ…」
「ンつくしく…ない…」
「うん? 誰だ!…って、傷ついたユニコーン…? はは、こいつを治療して売り捌けばきっと高値で売れるに違いないねぇ」
「…くっ…は。ンつくしい人。貴方は…。そうか。…貴方に迷惑をかけるのはンつくしくない…ここから離れてください」
「馬鹿だねぇ。あんたはあたいらに飼い慣らされるのさ! こーんなお宝みすみす逃すわけないじゃないか!」
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