第41話 パーティの翌朝

問題のパーティーの翌朝、バーバラ嬢がシルビア嬢の住まいに公爵家の馬車でこれ見よがしに送られてきた時、時刻は正午をとうに回っていた。


待ち受けていたシルビア嬢は、心配で心配でいかにも取り乱した様子だった。


馬車が止まった途端に、シルビア嬢の声は大きくなって、モンゴメリ卿を御者の前で大声でののしり始めた。


「年頃の娘に! なぜ、連れ帰らなかったのです?」


「探しても探しても見つからなくて……」


モンゴメリ卿も大声で怒鳴り返した。


やがて馬車のドアが開き、バーバラ嬢と、驚いたことにはその後ろから公爵自らが現れたのだった。


彼は得意然としていた。そして、黙ってしまったハミルトン嬢とモンゴメリ卿を満足げに見渡すと、おもむろに口を開いた。


「その、ソーントン男爵令嬢だがな。うむ。そちたちが縁談の心配をするには及ばん。この私が世界中で最も魅力的で素晴らしい婿を世話して進ぜよう」


そう言うと彼はうやうやしくバーバラ嬢の手を押し頂いてキスした。


「まあ、閣下。私ごときにそのようなことを!」


それは恐縮していると同時にたっぷりと蜜を含んだ言葉だった。


「迎えにこよう。明後日の王家の舞踏会に招待しよう」


「王家の舞踏会にわたくしのようなものは参加出来ませんわ」


「出来るのだ。あなたは今、文字通りシンデレラだ、ソーントン男爵令嬢」


「そして、あなたは夢の王子様……」


バーバラ嬢は、公爵にしか聞こえないような小さな声で囁いたが、耳を飛び切り澄まして聞き込んでいたモンゴメリ卿とハミルトン嬢は、切れ切れながらも大方の言葉を聞き取ることが出来た。


バーバラ嬢が見送る中を、有頂天になったロストフ公爵は名残惜し気にゆっくり馬車を自分の宿舎に向かって走らせていった。



「さあ、バーバラ嬢。明日の舞踏会に恥ずかしくないドレスを用意しましょう」


ハミルトン嬢が声をかけた。


「どうして私にそんなに親切にするの?」


公爵の馬車が見えなくなるまで、可憐な風情で見送っていたバーバラ嬢は、突然、尖った声でバーバラ嬢はハミルトン嬢に食いついた。


「まあ。どうして? あなたはロストフ公爵に気に入られたのではなくて?」


驚いた様子も見せず、ハミルトン嬢はゆっくり尋ねた。


かたわらのモンゴメリ卿の方は、バーバラ嬢の豹変ぶりに顎を落としそうに驚いていたが。


「私はあなたなら、出来ると思っていたわ。ここにいるより、ずっといいのではないかと思ったのだけれど」


「それはそうだけど……」


「もし気になるなら、かかった費用だけ返してちょうだい。ドレス代のことよ。それから、あなたが育った孤児院に、いつか寄付をしてもらえれば……」


途端にバーバラ嬢のあごが上がった。


「なるほどね。そう言う魂胆だったのね」


「そう言う魂胆とは?」


「お金よ。私をエサにして、孤児院の運営費をかすめ取るつもりなのね」


「違うわ。この孤児院は私の私財を投じて運営しているの。だから、もしあなたに出来ることなら、ここの幼い子供たちの待遇が少しでも良くなればと思って……」


バーバラ嬢は美しい顔を歪ませて、ハミルトン嬢の顔を睨んでいたが、結局言った。


「ドレスの用意よ! もう、私はこれからどんなドレスだって買える身分になるんだから、覚えておいて」


******************


モンゴメリ卿は、シルビア・ハミルトン嬢を自邸へ誘った。


なんだかだと理由をつけて、モンゴメリ卿の屋敷はなかなか来ないハミルトン嬢だったが今回は素直にやって来た。



お茶と茶菓子を用意させるとモンゴメリ卿は聞いた。


「いやはや。バーバラ嬢は怖いな。ロストフ公爵のことが心配になるだなんて、初めてだよ」


シルビア嬢はちょっと寂しそうに微笑んだ。


「今までの暮らしがあまり良くなかったのですよ。でも、ロストフ公爵には誠心誠意仕えると思いますわ」


「確か、あの孤児院にあなたは私財を投じてなんかいなかったよね?」


「多少は出していますわ」


「ドレス代をバーバラ嬢からもらうつもりなの?」


「あら、まさか。マッキントッシュ氏からバーバラ嬢のドレス代はいただきました」


なるほど。マッキントッシュ氏は喜んでドレス代くらい払うだろう。


「まさか二重取りですか?」


コロコロとハミルトン嬢は笑い出した。


「そんなこと。バーバラ嬢が払ってくれるかどうかわからないわ。それに私は遊びでやっているだけですし」


遊び……モンゴメリ卿は呆然とした。すごい遊びもあったものだ。


子爵もモンゴメリ卿も夕べは大冒険の心地だった。ロストフ公爵が彼女に興味を示してくれたからいいようなものの、全く興味を持ってくれなかったら、どうしたらよかったのだろう。


「そんなことありえないわ。だって、公爵は爵位のある娘の方が俄然好きですし、バーバラ嬢は妍のある美人ですもの。これでシャーロットは吹き飛ぶわ」


「バーバラ嬢はあなたのことを信用していないようだったが……」


「心配いりませんわ。私に言うことは絶対に聞いてくれますわ」


「そんな人物には見えなかったが」


「だって、わたくしが彼女の出生の記録を持っているのですもの。男爵令嬢かどうかの」


モンゴメリ卿はびっくりした。


「そ、それは、もしかして……」


男爵の子ではないのか?


珍しくハミルトン嬢が真面目な顔になって答えた。


「書類上では、男爵令嬢ですわ。あなたがお聞きになりたいのは、本当に血がつながっているのかどうかという点かも知れませんけど、そんなこと、お答えしませんわ」


モンゴメリ卿は黙った。


「そう。彼女は私に弱みを握られているのですよ。だから言うことを聞くと思います。そして、私は決して彼女を裏切りません」


ちょっとばかり不気味な沈黙が辺りを支配した。


「あの子の幸せのためにね」

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