第40話 バーバラ嬢を引き合わせる

「まず、知り合いになってもらわなければ」


遊び人として名を鳴らし、遊びや社交については上から下まで大体のことは見知っている……はずのモンゴメリ卿だったが、公爵が出席していると言うこのパーティーは、いささか異様だと思わずにはいられなかった。


まずもって、雰囲気がおかしい。


公爵ともあろう高貴な人士が足を運ぶような雰囲気は微塵もなかった。

無論、自国では好きでこっそり遊んでいるだろうが、今は公式訪問の最中である。


モンゴメリ卿がよく知ってはいるが普段は避けているような放蕩で有名な人物ばかりが来ているようだった。


女の方は誰一人知らない。いや、知っている顔もあったが、まずい行き先で知ってる女たちだった。


良家の子女など一人もいないのではないか。


モンゴメリ卿はとなりのバーバラ嬢に目をやった。


パーティの女たちは、金で集められた商売女ばかりだろう。バーバラ嬢とはさすがに種類が異なる。


しかし、灯火に照らされた広いホールでバーバラ嬢は、平然と微笑んでいた。


「おお、モンゴメリ卿!」


知り合いの一人に見つかってしまった。


いつもなら、出来るだけ関わり合いにならないよう気を付けている金持ちの息子だ。親がこの男のことを嘆いていることは知っていた。


「珍しい! お連れの方はどなたかな?」


「ソーントン男爵令嬢だよ」


事情が事情だ。普段なら、こんな男に連れの女性の名前なんか絶対に教えてやらないのだが、今は彼女の名前を広めなければならない。


十メートル先にまで、聞こえるように。


「へええ?」


すでに酔っている彼は、足元を乱れさせながらバーバラ嬢の顔を覗き込みに来た。そして、笑いながら失礼にも大声で感想を述べた。


「なかなか気の強そうなご令嬢だなあ。だが、美人だな。いい女だ」


十メートル先のロストフ公爵に聞こえますように! 公爵の耳が、酔っ払ってダメになっていませんように! モンゴメリ卿は痛切に願った。


公爵は元々体格が良かったが、最初に会った頃より1フィートほど横幅が広がったように見えたのは、気のせいだろうか。

その赤らんだ顔だけがくるりと回転して、モンゴメリ卿を捕らえた。


ではない、モンゴメリ卿の隣の令嬢を捕らえた。


モンゴメリ卿は腐っても紳士である。


本能的に令嬢を背中に隠してしまった。


本当は前に出さなくてはいけないのに!


しかしこの場合は良い方に働いたいらしい。


ご令嬢が隠されたのを見ると、ロストフ公爵は脊髄反射で興味を持った。

それまでどこかの女の腰を抱いていた手を緩めると、大急ぎでモンゴメリ卿のところにつかつかと近寄ってきた。


「モンゴメリ卿、お久し振りですな」


もう、永遠にお会いしたくないもので……という本音はとにかく、卿は麗々しく公爵にあいさつした。


「ところで、今日はどちらのご令嬢とご一緒なのかな?」


挨拶もそこそこに、ロストフ公爵は目を光らせてバーバラ嬢の顔を確認しようとした。


「知人の娘でして……ソーントン男爵令嬢、バーバラ嬢と申します」


「ほおお? まさかモンゴメリ卿の婚約者と言うのではないでしょうね? 何しろ、この国には婚約者が多すぎて……」


「いや、そんなことはございません。田舎の領地から出てきたばかりで、婚約者どころか私のような年よりがお相手を務めさせていただいております」


「なるほど……」


バーバラ嬢は顔を伏せていた。いかにも貞淑でおとなしそうに見える。


モンゴメリ卿には、ロストフ公爵が舌なめずりする音が聞こえるような気がした。


「男爵令嬢か……」


モンゴメリ卿はドキドキした。美人局とかハニートラップとか、余計な単語ばかりが脳裏に浮かぶ。


「ソーントン嬢、よろしければ私とあちらで歓談いたしませんか? せっかくお目にかかったのも何かの縁です。国の話を聞かせて進ぜよう」


ソーントン嬢はモンゴメリ卿の方をチラリと見やった。


「ああ、ロストフ公爵、あの、彼女はあまり、本当に男性とご縁がなかった方なので……」


「心配ご無用。いいですか? 私は陛下の又従兄弟にあたる、大公爵なのです」


娘は驚いたようにロストフ公爵の顔を見上げた。

この自己紹介に何か痛いものを感じて、モンゴメリ卿も一緒にうっかり驚いてしまった。


「まあ」


彼女の口から、小さな驚きの声が漏れる。


「まさか、本当にうわさの帝国から来られた公爵様でございますか? 王位継承権をお持ちだと言う?」


公爵の口元が勝手に緩んで、言いようもない得意げな微笑みが広がった。


「驚いたかな?」


「まあ、こんなにご立派な方だなんて存じ上げませんでした……」


「おや。どんな人物だと思っていたのです?」


「実は……誠に申し訳ないながら」


「かまわぬ。言ってみよ」


「実は……」


娘は上目遣いに朱の唇で言葉を繋げる。


「もっとご年配の方だと思っておりました。こんなにお若くて……見目麗しい方とは……」


公爵はにっこり笑った。口元がワニのように裂けたかに見えた。


もちろん、モンゴメリ卿の個人的な感想である。


公爵は彼女の顔をつくづく眺めてから、隅の居心地のよさそうなソファを指定した。


「なんと美しい! さあ、あちらへ」


「公爵様、曲がりなりにも男爵令嬢で未婚の方でございます。まだ、婚約者も決まっておりません。あまり若い令嬢とごいっしょされますのも……」


モンゴメリ卿は最後まで言えなかった。公爵が手ぶりで何かを命じ、物陰から呼応して現れたボードヒル子爵に身柄拘束されたのである。



「オーケー、オーケー。よくやった。アーサー」


子爵はモンゴメリ卿の耳元で囁いた。


腕をつかまれ、引きずられるように会場の反対側まで連れ去られていくモンゴメリ卿と子爵の様子は、堂に入ったものだった。

モンゴメリ卿と来たら、広間のじゅうたんにつまずくふりまでして見せたのだ。


「これで私はロストフ公爵のご不興を取り戻せる」


子爵はそう言い、モンゴメリ卿はささやいた。


「バーバラ嬢の名演技には、ビックリさせられたぞ。ロストフ公爵のツボをぐっさりだ」


どこから取り出してきたのか、双眼鏡まで出してきてモンゴメリ卿は、二人がソファから場所を移して、庭の方へ出ていく様子を監視し始めた。


「連れて行ってはいけないと言われると、どうしても連れて行きたくなるタイプだったんだな、彼は」


子爵は独り言を言った。

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