第12話 仮面を外す男

ダンスフロアにエスコートされる瞬間が来た!



「どうして、あんなところに隠れてたの?」


「隠れていたわけじゃ……」


「逆に目立つよ」


彼は細いきゃしゃな手に目を落とした。


「まだ十五歳くらいかな? 誘っちゃダメだったかな」


「そんなことないわ! 十六になったわ! ……あ」


見ると、男の方は笑っていた。仮面から見える目が笑っていた。ダンスはとてもうまく、語り口は軽妙だった。


「心配だな。そんなに簡単にしゃべってしまって」


「だ、大丈夫よ」


「危ないな。男性に軽々しくついて行ったらダメだよ? ほら、あそこにドアがあるでしょう?」


彼は彼女の手を取ってくるりと向きを変えさせた。


中にガラクタでも置いてあるような目立たないボロいドアが見えた。ちょうど給仕がやけに丁寧にドアを閉めたところだった。


「中にはソファと灯りを置く台があるだけだ。酒の空瓶でも置いてありそうに見えるけど、そうじゃない」


「なんの部屋なの?」


彼は笑った。


「君がまだ入れない部屋さ。入っちゃダメだよ、食べられてしまうよ」


「食べられる?」


「まずは唇からね」


なんだかわからないが、なんとなく顔が赤らむ。男はシャーロットの目をのぞき込んだ。


「不思議な目の色だ。珍しい。海を見ているかのようだ。南のあたたかな海の色」


見つめられて、あわてて下を向いた。


そんな言い方をされたのは初めてだ。フレデリックはただきれいだとしかほめない。


だが、彼は曲が終わると手を放し、にっこり笑うと離れて行ってしまった。


次の曲が始まりそうだったので、ダンスを申し込みに別のパートナーが現れたからだ。


そのあと踊った男たちから彼女はしきりに名前を聞かれたが、最初の男だけは名前を聞かなかった。


「聞いてくれればよかったのに。教えてもくれなかった」


名を知りたい人はあの人だけだったのに。聞いてくれなかった。



それに彼は、やっぱり大人だった。

彼が気になるシャーロットは、つい目で探してしまい、そして見つけた時、男は豪勢に着飾った女性と一緒に座っていた。口元が笑っているのが厳重な仮面の下でわずかにうかがえた。そして女性の方は明らかに嬉しそうで、熱心に彼の顔を見上げていた。


シャーロットは目を背けた。



そのあとも誰かに誘われ、もう十分踊ることが出来た。まだ、会は半ばだったが、早めに帰らなければならない。


目立たぬよう出口の方に向かって歩いていく。


今から帰る人はいないので、出口に続くホールに人はほとんどいなかった。

ダンスフロアに近い人目につかない場所で、男が一人、飲み物のグラスを手にしているのにシャーロットは気付いた。

厳重過ぎる仮面が邪魔で、うまく飲めないので、彼は邪魔そうに結わえてあるひもを緩めると、一気にグラスの液体をぐっとあおった。


シャーロットはどきりとした。

最初に踊ったあの仮面だ。


飲み過ぎで、口元から飲み物があふれ、しずくが顎を伝わり滴った。男はあわてて濡らさぬように仮面を剥ぎ取ったので、はっきり顔が見えた。


男の人を美しいと思ったのは初めてだった。


彼女は彼の顔を知っていた。


ピアの舞踏会でフィオナ嬢に付いていった時、麗しの王子様のように令嬢の手を取っていた。ジャック・パーシヴァル。


向こうは、シャーロットの名も顔も知らないだろう。

シャーロットはまだ子どもで、馬車に乗ったまま窓越しにこっそり彼を見たのだから。


シャーロットは、男の横を目もくれずに通り過ぎた。自分には関係ない。



***********************



ついにジャックはキレた。


彼の面白くもなんともない失恋物語は知れ渡り、おかげでファンクラブまで出来る始末。

ファンクラブ恒例の月次会へのお誘いをもらった時には、本気で抗議しようかと思ったくらいだ。


『ジャック様ご本人にご降臨いただければ、どんなに幸いか、会員一同、心を込めておいでを恋願っています』


字が一字間違っている。

降臨ってなんだ。神様じゃあるまいし。


しかし、抗議に行ったら間違いなく嬌声で迎え入れられ、大喜びされてしまうに決まっていた。


絶対に喜ばせたくなかった。

無視に限る。


元来、俺は女好きだ。当たり前だ。それがどうしてモテ過ぎが原因で隔離生活をしなきゃいけないんだ。


彼は人相がわからないような仮面を手に入れた。

これで、誰だかわかるまい。ジャックだとわかると、例のファンクラブの連中があれこれ言ってくるだろう。面倒くさい。



タガが外れたみたいに、楽しみたかった。


彼は、久しぶりに念入りに服を選び、身なりを整えた。

そして仮面舞踏会に出かけた。


仮面舞踏会はいい。


自由だ。久しぶりに楽しかった。名前なんか名乗らない。聞かない。ああ、そうそう、最初の娘はかわいかった。あの子の名前は聞けばよかった。


でも、彼は気が付いていた。その娘がちょうど自分が水を飲みたくて無理に仮面をずらした一瞬に通りかかったことを。


ジャックは、つい、水を飲むのに邪魔だったから仮面を取った。別に彼女に顔を見せたかったからじゃない。


顔を覚えて欲しいとか、仮面は厳重だけど、顔がまずいせいじゃないからとか、そんな意味で画面をはずしたんじゃない。


「手がぶれて仮面が取れただけだ。ミスは誰にでもあるさ」


名前を聞いておけばよかった。

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