第11話 仮面舞踏会の夜
ついにシャ-ロット嬢がキレた。
知り合いのパーティーに参加しても、男たちからは、どことなく腫れもの扱いだ。
婚約しているのかしていないのか、よくわからないからである。
婚約者が決まっている女性に、男が声を掛けるのは、なかなか勇気がいる。ただの罪のない会話をするにしても。
そうかと言って、シャーロット自身が自分の婚約について、わざわざ話を持ち出して訂正するのも気が引けた。
フレデリックは真摯にあやまり、どこかに行き違いがあったことを認めた。
だが、お詫びと称して毎日通ってくるのがうっとうしい。
それくらいなら、間違った婚約話を訂正したらいいのに、と思うが、フレデリックやヒューズ家が訂正している様子もない。
そもそも、毎日、マッキントッシュ家に通ってくることが誤解を呼ぶ。
その上、彼女が舞踏会などへ行けば、フレデリックは欠かさず参加してくる。重い。
「仮面舞踏会に行くわ!」
彼女は決定した。
仮面舞踏会は社交界にデビューしたての令嬢には、ちとハードルが高い。
ジェンとヒルダのふたりは顔を見合わせ、止めたそうにした。
大体、うちのお嬢様は普通の舞踏会すらまともに経験していない。
ひとえに、フレデリックと、それからあの憎っくきカーラのせいだが。
しかしお嬢様の意志は以外に固かった。
「もう、我慢がならないわ」
「お嬢様……」
「私はフレデリックの婚約者でもなんでもないのよ? それなのに、ずっと付きまとわれるだなんて!」
どこかの家の男たちが、声をかけたそうにチラチラと様子を伺っているのもわかっていた。
だが、フレデリックがそばを離れなかった。
婚約者になりたくないので、フレデリックと踊るのは極力遠慮したい。そのため、ダンスの回数も当然減ってしまう。
夜会で顔見知りになった令嬢たちと話していても、フレデリックが付かず離れずの距離にいるので、彼女たちも自由にしゃべれなくて不便そうだ。
顔がわからなければ遠慮なく声がかかる。社交界に出た途端、婚約者がいるわけでもないのに、いるような扱いは面白くもなんともない。
一体、何のための社交界デビューなの?!
「行くわ!」
そんなわけで、シャーロットは舞踏会会場にたった一人で、ドキドキしながら馬車で乗り付けた。
誰からも声がかからなくてもいい。
シャーロットは見ているだけで十分だった。
大規模な、慈善と名を打った舞踏会は、慈善なので寄付金さえ出せば自由参加、そして慈善と言う大義名分があるので参加しやすい。好色で参加しているわけではないと言い切れるからだ。
もちろん、シャーロットは相手探しに来ているわけだが、今のところ、見物しているだけでよかった。
あの仮面の下に、もしかすると探している王子様がいるかもしれないではないか。
あんなにも参加したかった社交界が、今、目の前でキラキラしていた。
彼女は柱の陰からこっそりのぞいて楽しんでいた。いつか、あのダンスホールの真ん中で踊る日が来るかもしれない。
ずっと前だが、伯爵令嬢フィオナ様がダンスパーティに参加されるとき、ついて行ったことがあった。
フィオナ様が馬車を降りる時、所作の美しい若い男が宝物でも押し戴くかのように、フィオナ様の手をうやうやしく取っていた。王子様がいるとしたら、きっとあんな感じなのだ。
「こんなところで何をしているの?」
からかうような調子の明るい声が背中からして、夢中でダンスフロアをうかがっていたシャーロットはびっくりした。前ばかり見ていて、後ろには注意を払っていなかった。
「舞踏会に来てかくれんぼ?」
振り返って、シャーロットは相手の顔を見た。
顔がわからないような仮面をつけている。
自分も重めの仮面をつけてきたが、この男性の仮面は顔中を覆うような仮面だった。
顔を知られたくないのだなとわかった。
だが、身なりはしゃれている。かっこいい。
「踊らない?」
彼は手を差し伸べ、シャーロットは若い男の顔を見上げ、それから自然に細い手を乗せた。シャーロットにも、ついに見知らぬ若い男に手を取られ、ダンスフロアーへデビューする瞬間が来たのだ。
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