第33話 最後通牒
モンゴメリ卿は子爵と頭を突き合わせて、手紙を読み、それからぐったりした表情でお互いに顔を見合わせた。
それからモンゴメリ卿はジャックとハミルトン嬢の顔を見た。
「ああ。この二人なら見てもらっても構わないだろう」
ボードヒル子爵は苦い顔をしたまま、うなずき、何通かあるうちの一通をジャックに、もう一通をハミルトン嬢に渡した。
渡された途端、ジャックは顔色を変えた。
双頭の鷲の紋章が金箔で押してある厚みのある封書だった。一目で帝国の用箋だとわかる。公式文書に用いる用紙だ。
「シャーロット嬢を迎え入れたいと言う公爵の正式のお申込みだ」
本物だった。
「あの婚約すらしていないと言う手紙のせいで、ロストフ公爵は問題なしと判断したんだろう」
「マッキントッシュ家はどう返事したのですか?」
ジャックは思わず聞いた。
「マッキントッシュ氏は断った。身分違いだとかなんとか言って」
ジャックはほっとしたが、それで済むとは思えなかった。
彼はもの問いた気にボードヒル子爵の顔を見た。
「うん。手紙はまた来たよ。毎日来ている。今度は陛下にお願いすると言う内容だった。帝国に反逆する気かとも」
「脅しじゃないですか。どうなるのですか?」
ボードヒル子爵が目を逸らした。
「わからん」
「婚約では力が弱かったな。それこそ傷物にするとか」
モンゴメリ卿が物騒なことを言いだした。隣のハミルトン嬢が軽く睨むと、モンゴメリ卿はあわてて口をつぐんだ。
「じゃあ……本当に連れて行かざるを得ないのですか? そんな理不尽な」
ジャックが言うと子爵が首を振った。
「あの男……ロストフ公爵だが、それが当たり前だと思っている。理不尽だなんて思っちゃいないさ」
モンゴメリ卿が、黙って最後の手紙を押して寄越した。
それまでのより分厚い。
「最後通牒だな」
ジャックは手紙を開いた。
『親愛なるシャーロット・マッキントッシュ嬢へ
父上から帝国へ渡ることは身分柄遠慮したいという返事だったが、その必要はないと明言しておく。
あなたは、私というこの上なき存在に目を留められたことに歓喜すべきである。
皇帝陛下の名にかけて、たとえ正妃があったとて、私と共にあることは名誉でこそあれ、なんら恥じる立場ではないことを重ねて伝えたい。
また、シャーロット嬢におかれては、家柄が不十分ではあるが美貌であることが我が意に叶った。この申し出は至上のものである。我が名を万一にも損なうようなことはないよう、警告しておく。
ついては陛下の公式パーティに出席するよう。追って招待状が届くよう手配した。当日はお迎えに上がる。
その後、直ぐに帝国に出立するので、準備するよう。必要なら、父上に支度金を下賜する用意があるので遠慮なくボードヒル子爵に申しつけるよう』
誰かに代筆させたのだろう。最後のぐにゃッとした読みにくい文字だけは自署だろう。日付は昨日になっていた。
なにか、こうイラっとする文章だった。
なんで好かれることが前提で話を進めて来るんだろう。
隠れデブで頭頂部が禿げかかっているくせに。あれは、将来、いや数年のうちに禿げあがるに決まっている。
「帝国式なんだよ」
子爵が不必要な博学を披露した。
頭の毛の具合かと思ったら、そうではなくて何ともおっかぶさるような文章の書きぶりの話だった。
全員が黙りこくった。
一瞬どこから手を付けたらいいのかわからなくなったのだ。
「陛下のパーティで、公式の愛人として披露したいと言う意味なのね? これで決定だという意味ですね?」
「日を区切ってきたのが痛いな。しかも陛下からの正式の招待状が届いたら、断れない」
「ばかばかしい。これでは人さらいと一緒だ!」
モンゴメリ卿がついに言葉を発した。
ジャックも同感だった。
こんなことが許されるものか。
「でもね、公爵の暴走を止めるいい方法を思いつかないのですよ」
子爵が陰気くさい調子で注釈を加えた。
「公爵は、ある程度、身分のある美しい女性を、愛人を勝ち得ることに自分の名誉をかけているのです。彼が心を砕いているのは、帰国時の自分への評価であって、この国の社交界の評判ではありません」
不意にハミルトン嬢が、口をはさんだ。
「シャーロット嬢に惚れ込んだのではなくて?」
「もちろん惚れ込んでいます。その美貌は何物にも代えがたいとおしゃっていました」
「でも、名誉の方が大事ですのね?」
「ええ。自国に帰った時、公爵と言う身分の自分にふさわしい愛人を周りに披露する気です。今更、引っ込みは尽きません」
「披露って? 愛人って秘密に囲うものじゃないのか?」
モンゴメリ卿がいらただしげに聞いた。
「身分高く麗しい娘を連れ帰れば帰還パーティは披露パーティになるらしいです。そして、より美しくて、よりよい家の娘であればある程、自慢らしい。街の娼婦では自慢にならない」
「ものすごく疑問なのですが、正妃様のお立場は?」
この当たり前のハミルトン嬢の質問に、ボードヒル子爵はシルクハットをむしり取るように脱いで、半ばやけくそで返事した。
「どうなっているのかよくわかりませんが、この国の王室だって、社交界だって似たようなものじゃないですか。浮気する者はするし、全くしない者もいる。公爵は、女性を侍らせたい嗜好の持ち主なんですよ」
そして、お前はゲイだけどな、とモンゴメリ卿は心の中で付け加えた。
だが、それはとにかく、ハミルトン嬢は真剣になって子爵に聞いた。
「この手紙には、家柄が不十分ではあるが美貌であることが我が意に叶った、と書いてありますわ。それなら、例えシャーロット嬢程の美人でなくても、身分さえ高ければ可能性はあるわけですわね?」
「ええ?」
ボードヒル子爵は混乱したまま、聞き返した。
「代わりを探せばいいじゃありませんか」
モンゴメリ卿とボーディル子爵、ジャックは目を丸くしてシルビア・ハミルトン嬢を見つめた。
「そんなに簡単に、公爵が鞍替えするような娘が見つかりますか?」
誰かが誰かを好きになるのは、理由がわからない。
だから、手の打ちようがないと思っていた。
シャーロットを好きになってしまった公爵は、ほかの女性に心を移さないだろう。
「そんなことないでしょう。見栄半分なら、もっと条件のいい娘を探せばいい。可能性はありますわ」
「そんな簡単に心変わりするなんて考えられない……。それにもう時間がないのだ。陛下の舞踏会は1週間後。それまでに、何とかしないといけないのだ」
「そう。それに、ダンスパーティの招待状は、王家が出すわけじゃないと思う」
モンゴメリ卿は頭をかきむしった。
「公爵は立場上、絶対に何通か白紙の招待状を持っている。公爵が好きに招待客を選べるはずだ。公爵が呼んでも、王家からの招待になる。絶対、断れない」
シルビア嬢が、はっきりした口調で確認した。
「お金に困ってて、そこそこ見栄えがして、良家の子女ならいいんですわよね?」
「簡単に言うが……」
男たちは言ったが、シルビア嬢は続けた。
「心当たりがありますわ」
心当たり?
シルビア嬢はにっこり微笑んだ。
そして、簡単に別れの挨拶をすると、その場を離れて行ってしまった。
モンゴメリ卿とジャックは顔を見合わせた。
シルビア嬢は一体どこへ何をしに行ったのだろう。
モンゴメリ卿がため息をついた。
「シャーロット嬢は早めに例のフレデリック・ヒューズと結婚した方がよさそうだな」
ボードヒル子爵も続けた。
「そうだな。シャーロット嬢は、一度虚偽の結婚で欺いた前歴があるから、今度こそ、本当に結婚した方がいい。マッキントッシュ氏にそう言ったら、フレデリックに話してみると言っていた」
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