第34話 フレデリック、真剣に求婚する
マッキントッシュ家では、フレデリックがシャーロットの手を取って真剣に頼んでいた。
「あなたの身を守るためには、結婚しかありません」
それはシャーロットにもよくわかっていた。
「最初から、あの公爵には私が婚約者ということになっていたはずです。ちょっとした行き違いで、ジャックに身代わりを頼むことになってしまったけれど、真相をばらした手紙が公爵の手元に届いた以上、これ以上身代わりを頼む必要はありません」
「でも、もしかするとあなたを危険にさらすかもしれない」
フレデリックは笑った。
「私をですか? そんなこと、気にもしていません。ロストフ侯爵が国に帰ってしまえば、何の影響もありません」
フレデリックの振る舞いは申し分なかった。そして、彼の理屈もその通りだった。
「いくら傍若無人なあの公爵でも、さすがに人妻を連れて行ったりしません。それに私とならもともと結婚話があったわけです。急いで結婚しても、公爵の怒りを買う可能性は低い。むしろ公爵の横恋慕と言われるでしょう」
「でも……」
「事態はあまりよくありません。確実に身の安全を図るために、ぜひ結婚して欲しい。あなたを失うことを考えると、失意で身を焼かれるようです」
両親も弱気になっていた。
「ヒューズ家のご子息は男前よね。社交界での評判も悪くない、誠実で正直者だと。浮気性の男を思えば安心だわ」
「ヒューズ家の商売は長男が引き継いだから、三男の彼は自由だ。マッキントッシュ家の家業を継げばよい。商家同士の結婚だ。何も問題はあるまい。ヒューズ家も家付き娘との結婚に反対はないだろう」
その通りで、ヒューズ夫人はこの結婚を喜んでいた。
「息子が望んだ娘で、古くから付き合いのある家族との結婚。しかもマッキントッシュ家の一人娘なら本当にちょうどいい。フレデリックもすぐに商売を覚えるでしょうし、将来は安泰ですよ」
唯一、煮え切らないのはヒューズ氏で、ロストフ公爵からにらまれることを恐れて妻に言った。
「アリス、うちの商品には帝国向けのものもあるのだ。帝国と揉めるとそれなりに困るんだがね。シャーロット嬢をうちがかっさらったことになったら逆恨みされないかな?」
マッキントッシュ家の客間ではフレデリックがシャーロットに迫っていた。
「早く婚約を決めましょう、シャーロット」
シャーロットの侍女のジェンとヒルダは、一貫して仲が悪い。
しかし、フレデリックではなくてジャック推しである点については、完全に一致していた。
男前だけれど、単純にイケメンが全面にアップしてしまうフレデリックと違って、ジャックにはどこか妙に陰があるような雰囲気があった。それが女たちを魅了するのである。
「お嬢様、ジャック様になさいませ」
「いっそのこと、既成事実化されたらよかったのですわ、せっかくご一緒に住んでらっしゃったのですから」
ヒルダが大胆なことを言い出す。
シャーロットは、顔をしかめた。
二人とも重要な点を忘れている。
ジャックは、ただの一度だって、シャーロットに向かって「好きです」とも言っていないのだ。
「フレデリック様のなりすましで、仕方なく十日間だけ代わりを勤めていただいたのですよ?」
十六歳のシャーロットが、年嵩の侍女をたしなめた。
「失礼があってはなりません」
それにジャック様もいずれは意中の方と結婚されるでしょうし……。その時に妙な噂でもたてられたら、これだけお世話になっているのに申し訳ないことです。
『ご結婚なさったら、その方はずっとジャック様のおそばにいられるのね』
ピアでの日々を思い出した。あんな日をずっと一緒に暮らせるのだ。あと2、3日は一緒に居られたはずだったのに。忌々しい変な手紙のせいで引き割かれてしまった。
ピアから帰って以来、シャーロットは待っていたのにジャックは一度も来なかった。手紙も来なかった。
「お父様のお話によるとジャック様はモンゴメリ卿と一緒に対策を練っておられるそうでございますから」
ジェンとヒルダが慰めた。
ずっと前の、少々やけくそで参加した仮面舞踏会のことを思い出した。
闊達で陽気、楽しげに女性たちと話し、さらりと手を取っていたジャックは、いかにも大人だった。
経験値の全くないシャーロットなんか、ものの数にも入らないだろう。
待っていても仕方ないのかもしれなかった。ジャックは親切だっただけなのだ。
シャーロットに出来ることは何もなかった。ジャックの予言通りだ。
今、彼女は大人しくして、誰にも会わないことが求められていた。どこかの夜会でロストフ公爵と鉢合わせでもしようものなら大変なことになるだろうから。
シャーロットは、唇をかみしめた。
あの方にお願いしてみよう。
ご迷惑をかけることになってはいけないと思っていたが、もしお願いできるなら頼みたい。
自分のためにも。そして……ジャックのために。
二人きりの列車の中で彼はささやいてくれた。
『君の味方だ』
その味方のためにも、彼女がやれることはひとつだけ。他人を頼ることだ。
「この手紙を届けてちょうだい」
シャーロットはジェンを呼んだ。
「グレンフェル侯爵夫人フィオナ様のところへ」
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