第25話 偽装結婚は続く
翌日、モンゴメリ卿がジャックとシャーロットの家を訪ねてきた。
「昨日はうまくいったと思う。参加者をかなり限定したパーティで、二人を知らない人ばかりだった。ジャックとフレデリックのなりすましも二人が一緒に行動したから、どっちがフレデリックだかわからなかったと思う」
それから、彼はジャックの方を向いて尋ねた。
「新婚生活は順調かね?」
ジャックは苦笑した。
「フレデリックに疑われたくないですからね。そこは節度をもって暮らしてますよ」
「まあ、ヒューズ夫人もフレデリックも、君のことは信用している」
「家の中ではほとんど接触がありませんし。ジャックとは食事も別々に取るくらいですから」
シャーロットがジャックと自分の名誉のために言葉を添えた。
「何? 食事くらい一緒にしたっていいじゃないか。外に出られない分、贅沢したまえよ。有名レストランから取り寄せるとか。どうせ費用はマッキントッシュ家から出るだろう。家でおとなしくいちゃいちゃしててくれ。で、今日来た理由なんだが……」
「え?」
「昨日ロストフ公爵から言われたんだよ。シャーロット嬢に指輪でも贈りたいと。お別れの印だそうだ。贈るほどの何もなかったと思うんだが」
ジャックは不愉快になって、頭に血が上ってきた。
他人の妻に、指輪を送るだなんて、おかしいとしか思えない。
「で、ピア一番の宝石店を案内することになったんだ、明日」
「なんで、プレゼントなんか……」
シャーロットも解せないと言ったふうに首を傾げた。
みんな思うところは同じだ。
「そうなんだよ、公爵は言いだしたら聞かないからね。指輪なんか送られて、何か向こうの帝国では意味があるんだとか言い出されたら困る。だから、明日、君たちもその宝石店に行って欲しいんだ」
「何のためにですか?」
「鉢合わせして欲しい。シャーロット嬢が宝石をねだったことにして……」
「え……」
「そしてジャックが買ってやると。あ、もちろん、費用はマッキントッシュ家から出る。マッキントッシュ家は必死だ」
それはそうだろう。
「宝石店の店員には、どこの誰だか名前も顔もわからないだろうから、バレっこない。これまでピアの宝石店に行ったことなんかないだろう?」
二人ともうなずいた。
「鉢合わせして、がんばって演技して欲しい。いちゃつきまくって、公爵を不愉快にさせるんだ。指輪なんか買わせちゃだめだ。プレゼントされたら断りにくいし、モノをもらうと、何か要求してきた時、断りにくくなる」
そうかも知れなかった。
プレゼントを受け取って、なにかの承諾サインになったとか、言われたら面倒だ。
「時間は二時くらい。公爵が宿舎を出たら、うちの者をここへよこすから急いで宝石店へ向かってくれ」
モンゴメリ卿が帰った後、さっそくシャーロットはピアの有名レストランから食事を取り寄せるようジェンに言いつけた。
「申し訳ございません。これくらいしか出来なくて」
やっとジャックを食事の場に引っ張り出すことが出来た。
有名店だけあって豪華な食事だった。
それに、おいしい。
食前のオードブルに口をつけてみて、シャーロットとジャックは、顔を見合わせた。
「そんなことに気を使わなくていいよ。でも、なかなかおいしい店だね」
ジャックが少し微笑んで言ったので、シャーロットはほっとした。よかった。お口にあって。
「一人で部屋にこもってらして、申し訳なくて。どなたかをお呼びして遊んでいただいたらとも思うのですが……」
「それも難しい。事情を知っている者で、口の堅い信用できる夫婦ものなどが良いわけだが、ピアでそこまで知っている人はいないし。君の母上くらいだな、呼べるとしたら」
「それでは、ジャック様の気晴らしにはなりませんわ」
「それは気にしなくていいから」
「母に来てもらっても、私も気晴らしになりません」
しょんぼりしているシャーロット嬢を見て、ジャックは思わず口走ってしまった。
「食事くらいなら一緒にしますよ」
「まあ、ありがとうございます」
しまったああ。口が滑った。
「デザートですの。チョコレートとオレンジ」
シャーロット嬢は本当にうれしそうだ。
二人は、あまり広くない部屋でデザートとお茶を楽しむ羽目に陥った。
黙ってばかりも、緊張するだけなので、ジャックは聞いてみた。
「フレデリックとは幼なじみで、仲良しなの?」
「たまに顔を合わせるくらいで、年が違うので、一緒に遊んだりはしませんでしたわ。デビューのお茶会で急に結婚を申し込まれてとても驚きました」
シャーロットは、正直なところを言った。
「ふうん……実は、僕はフレデリックと婚約が決まっていると信じていたので、口出ししてしまったんだけど」
ジャックはシャーロットを観察しながら何気なく聞いてみた。
モンゴメリ卿は婚約していないと言っていたが、それは、これから婚約に向かっているのか、それとも全く婚約するつもりはないのだろうか。
それで、だいぶ話は変わってくる。
「ロストフ公爵に迫られていた時に助けてくださって、本当にありがとうございます」
シャーロットは、律儀にお礼を言った。
「ジャック様があそこで口をはさんでくださらなかったら、どうなっていたかわかりません」
「いや」
多弁なはずのジャックが黙った。聞きたいのはその話じゃない。
「……フレデリックと婚約するつもりなの?」
シャーロットは困った。相手は、フレデリックの親友だ。
とっさに名前だけ借りたと告げたら、友人が利用されたと怒り出すのではないだろうか。
だから、シャーロットは返事をしなかった。
二人とも黙っていた。
ジャックに嫌われたくない。
脳裏によみがえってくるのは仮面舞踏会の思い出だ。
あれはジャックだった。
ジャックは踊った相手がシャーロットだと言うことも知らない。
彼女が彼の素顔を見ていたことも知らない。
あの仮面舞踏会の夜、ジャックはシャーロットを子どもとして扱った。
ジャックは社交界に出入りする立派な大人として、誰とでも愛想よく話し、笑っていた。陽気で、特にきれいな女性と話している時は楽しそうに見えた。
それが黙って座っていると言うことは、自分にまったく関心がないのだ。
一緒に居たい。しかし、一緒にいる時間を増やすと嫌われるかもしれなかった。何しろジャックはただ黙って座っているだけなのだから。
接触する時間を増やしてくるとは、どういうつもりだ。
ジャックとシャーロットは一緒の部屋に住まなくてはいけない。ただし、何事もなく。
これは義務だ。
だが、一緒の部屋にいて、もし話をすれば、どんどん深みにはまる気がする。
いろんなことを聞いてしまいそうだ。
彼女は答えてくれるだろう。
目をきらりと輝かせて。ジャックはうっかり微笑み、見とれてしまう。
次から次と他愛のない話は続いていって……これはまずくないか?
「では、おやすみ」
ジャックは、突然ソファから無理やり身を引っぺがして、自分の寝室に消えた。
生まれて初めて、ジャックは重力の威力を感じた。ソファから立ち上がるのが一苦労だったのだ。ずっと座って居たかった。
部屋に帰って、なぜだか悩んだ。気になる。
シャーロット嬢は、フレデリックと結婚するつもりなのか、違うのか。返事はどうした。なぜ、答えない?
いや、結婚する気はありませんとか答えられたって、フレデリックは彼女と結婚したがっている。そして、フレデリックは自分を信用してくれているのだ。
ところで……半径三メートル以内の人間にいきなり恋をする危険性……という言葉を吐いたのは誰だったっけ?
ちょっと不吉な予感にジャックは頭を抱えた。
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