ネブランド

アークアリス

第1話

深い霧に包まれた地に暖かい太陽の陽は届かず。

定期的に現れる光源は巨大な異形の発する釣りである。


多くの異形はこの地で生まれ、意識得ぬまま別の異形の餌と成り果てる。

異形が異形を喰らい、より存在を増した異形へと成り行く。


異形は様々な姿形をし、特別な力を持っていることが多い。

太い蛇から大量の棒が突き出し、その全てで体を支えているような異形。

大きな球体の体を浮かせ、その全てに大きな目玉が多数張り付いている異形。

巨大な蛾のような体を貫くように大量の触手が蠢く異形。

一つ一つは小さなウジ虫のような体だが、それが言葉違わず山の様に積み重なり群体として存在する異形。

数え上げれば切りがないほどそれは多岐にわたる。


未だ神秘が晴れぬこの地は、同じく神秘がまだ息づいている地と接続することがある。

この地から出た異形がその地で語り継がれることもある。


この地に生まれ落ちた異形は最初は本能のみを持ち、長い時を経た個体は徐々に自我を持ち始める。

十分に生きた個体は理性を得るが、その多くは理性を持て余す。


理性を得るほどに至った個体は、理性無き状態でも十分生きていけるほどの強大さを既に備え付けているからだ。


異形は基本的にこの狭間の地から出ようとはしない。

それはこの地でしか餌である異形が発生しないことを本能で知っているからだ。

だが時に例外は存在する。


異形にとって外の世界は興味をそそらないが、外の地のモノたちにとってはそうではない。

この地とかの地の接続を人為的に維持するには膨大な神秘が消費される。

その源は魂であったり、特別な触媒であったり。

それをしてでも異形の強大さに魅了されるモノは後を絶たない。


生まれたての異形はまだ理の内側の存在であり、多くの異形を喰らい存在を増すにつれ理から外れていく。

理性を持つことは理から外れたことと同義である。


外の地のモノたちは神秘を操り、幼生異形や途上異形をこの地から持ち出す。

理外異形を理の内のモノが操り成すことは出来ない。


暗黒と霧の世界であっても、そこに逃げ込み、もしくは入り込み住み着くモノは居る。

異形は異形しか食べないためそこは安全だと勘違いするモノも存在するが、それは誤りである。

空気が薄く陽の光も無いこの地では食料の確保は容易ではなく、水も無い。

偶然繋がっている自然の接続点からは無法者や怪物が流れてくることもある。

異形の通りすがりや戦闘に巻き込まれる可能性もゼロではない。

ここで暮らすにはそれ相応の準備が必要だ。


だが、そんな悠長なことを言ってる場合でない者もいるし、そもそも準備をする気が無い者もいる。


今日もまた、管理されているはずの接続点から忍び込む少女が一人。

拠点の陰に隠れながらひたすら深部を目指している。

仕立ての良い服は着ているが特に鞄の様な物は持たず、身分を証明するペンダントを首から掛けている。


組織だってこの深淵奥深くへ入り幼生異形や途上異形を攫ってくることを生業としている者たちは普通チームを組む。

足止めに長けた者、探知に長けた者、異形を確保する者、健常者並みに動ける盲目の者だ。


異形と戦闘するべからず。大きな音は周辺の異形を呼び寄せることになる。逃げるなら音を出さない足止めが必要だ。

理外異形に近づくべからず。襲ってくることは少ないが、もし怒りを買えば抵抗も逃走も叶わないだろう。

光り無き者を用意せよ。目にしただけで錯乱することもある。


少女は一人で駆ける。足止めに長ける訳でも、探知に長ける訳でも、異形の確保が出来る訳でも、ましてや盲目でもない少女であったが、たった一つだけ身に余る神秘を秘めたその少女は、その二本の足でしっかりと走っていた。


(霧さん、退屈してる異形さんはどこですか?)


普通なら何も齎さない問い掛けも、神秘が間に挟まることで一時的に霧に自我を与える。

霧がイメージで導く先に少女は駆けていく。


(ここの霧なら初めから自我を持っているかなって期待したんだけど、イメージが限界か)


などと贅沢なことを考えながら、はや1時間が経った。

宝物庫から持ち出した疲れを麻痺させる魔道具で体を騙しつつ、霧が教える方へと向かってきた少女はついに出会う。


それは幸運なことに視界に入れただけで精神が病む類の異形では無かったが、自然界には存在しない意匠をしていた。

横倒しになった丸太の全面から毬栗の針が突き出したような見た目をしていて、下以外から生えた針は全て途中で折れ足の様になっている。

普段は完璧に合わさって見えないが、そこら中に口がある。


もっとも、近くに光源が無いため少女には自身より何倍も太いその針の一本しか分からないのだが。


(異形さん、退屈ですか?)


少女の前で何故か動きを停止させたことに何も疑問を抱かなかった少女はただそう尋ねた。


これが、史上初めて理外異形が狭間の世界から外に出ることになったきっかけの出来事。

これまで異形が外に出るのは何らかによって支配された途上以下の異形であり、理外異形が本能に逆らって外に出ることは無い。

異形は理性を授かっても自らその理性を育てることはしない。

強い本能と未熟な理性を抱え、いつまでもいつまでもこの神秘の地をさ迷い歩く。


だが、少女の神秘が異形の理性の成長を助けた。

そして異形は元からその少女は自身の理性を成長させることを知っていた。

少女が産まれたという偶然、少女がここを訪れたという必然が引き起こしたこの事態を、人々はまだ知らない。

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