第22話 赤と黒と青(後編)
リンは容赦無く黒崎を問い詰める。ついさっきまで暴れていた黒崎の動きは止まり、慎重に赤木の質問に答えていく。
「赤木さんは私が白河先輩を殺したって言いたいの?」
「殺したというよりは、先輩を刺したのだと思っています」
黒崎が白河先輩を殺した?そんなことがあり得るのであろうか。そのとき、さっきの黒崎との会話で感じた違和感を思い出した。
---赤木さんはあなたのことを殺そうとしてるんだと思う。あの時みたいに、包丁で突き刺して。
---白河先輩は『刺殺』されたのではなく、『絞殺』されたんです。
そうか、俺は二人の食い違った意見に違和感を感じていたんだ。このどちらが正しいかが、この事件の真相を決める。すると、リンはハァと短くため息をつき、自分と白河先輩の関係について語った。白河先輩との出逢いのこと、先輩の願いでその首を絞めたこと。
「ほら、やっぱりあなたが白河先輩を殺したんじゃない!」
「そもそもあなたが刺したりなんかしなければ、先輩が死を選ぶこともありませんでしたよ。あなたは蒼井先輩が白河アオイ先輩と付き合ったという事実をどこからか聞きつけ、その異常な執着心に火が着き犯行に及んだ。違いますか?」
「なんの証拠も無しに勝手な妄想を押し付けないでくれる?」
「そうですね。証拠はありませんね。まだ、今は」
そう言うと、リンは俺の元へと近づいてくる。そしてポケットから小さく折り畳まれた紙を取り出す。
「これは先ほど石川先生から頂いた、あるネット記事を印刷したものです」
「はい? それがなに?」
「蒼井先輩。こちらを読んでいただけますか?」
俺はリンが手渡してきた記事を読む。それは、俺が高校生のころに書いたある記事であった。
「お、おい。今この記事がなんの関係があるんだよ。昔書いたやつで恥ずかしいからあんまり読みたくないんだけど・・・」
俺は小声でリンにそう伝えた。すると彼女は冷たく「早く読んでください」とだけ返してきた。俺は渋々読むことに決めた。
「・・・えぇと、タイトルは『XXXXカメラへの同一ネットワーク内におけるアクセス汎用アルゴリズムについて』。2008年初頭にX社より提供されたXXXXという型番の固定監視カメラにはハードウェアレベルでの脆弱性がある。それぞれの端末から接続されたネットワークを通じてストレージに画像をアップロードする際に、CPUから発生する信号には必ず一定のノイズが重畳されることが確認された。これは規格以上の電流を流そうとする・・・」
「ねぇ、それなんの意味があるの? 蒼井くんが高校生の頃から優秀だったのは私だって知ってるよ」
「せっかちな人ですねぇ。最後まで待てないんですか?じゃあ、蒼井先輩。その記事の結論を読んでいただけますか?」
「あ、あぁ。結論---XXXXカメラが使用されて録画された映像はストレージの容量にもよるが、おおよそ一年から一年半前までの映像を復元することができる」
それを聞いた黒崎は一瞬目つきが鋭くなったが、すぐに涼しい表情に戻る。
「つまり、大学がXXXXカメラを使っていれば、その過去の録画情報が復元できて、私が殺したかどうかがわかるって言いたいのね」
「ご明察の通りです」
「でも残念ね。あの大学は教員室や教室にカメラを設置していないの。それはプライバシー保護の観点で、大学のウェブページにも記載のある事実よ」
「あーそうなんですね。とても残念です。・・・おやおや?蒼井先輩はどうしてそんな不思議そうな顔をしているんですか?」
「あ、いや、どうして教員室にカメラが無かったことが残念なのかなって思って。先輩が殺害されたのは中庭じゃないのか?」
俺の発言に黒崎は硬直し、リンは笑った。
「あはは。大学に設置されているカメラが、X社製のものかなんて知りませんし、仮に記録を復元できたとしてもアナタのご指摘通り教員室にはカメラがありませんから。証拠になり得るとは言い切れませんね」
黒崎はただ茫然とリンのことを見つめている。
「ただ、もう言い逃れはできませんね。白河アオイ先輩が教員室で刺されていた事実は、私と先輩を刺した者の二人しか知りません。そしてあの時、教員室から出てきたアナタの姿を私は見ています。アナタが刺して、私が殺した。その事実が今、アナタの大好きな蒼井先輩の下で、確定したのです」
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