奴隷少年、転生に気づいてしまった。
田中一義
#001 ここはどこ? 僕は奴隷?
長い、長い、夢でも見たような心地で目が覚めてみたけど、酷く意識は朦朧とする。廃棄処分がそう遠くない。
栄養失調からの過酷な労働、そして最悪に近い衛生状態では長生きしなさいという方がよほど難しいのだ。嫌な熱が出ているし、息苦しいし、鞭で叩かれた背や腹、腕や足の裏がじりじりと熱を持って痛んでいる。
このよく分からない熱病で生死の境をさまよったからか、生前のことがいきなり脳裏に蘇った。まだ短すぎる走馬灯が巻き戻りすぎたというような感覚に近い。
生前の僕はけっこう、がんばって生きていた。
我ながら本当にがんばったと思ったけど、結局、報われることもなかった。家庭環境というものは劣悪と言って良かったと思うけど、学校の先生に恵まれて、友達にも恵まれた。
勉強をがんばって、スポーツもがんばって、親を反面教師にして、人と地球にやさしくというスローガンを掲げて精一杯にやっていたつもりだ。
でも呆気なく、ちょっと機嫌の悪かった親の八つ当たりの捌け口になって、あれは何だっただろう。花瓶だったかな。頭蓋骨でけっこう分厚い花器ががしゃんと割れていく感じを思い出してしまったけど、それきりで僕の生前12年の記憶は途切れた。
そして——そう。今だ。
物心ついた時には意味も分からず、人身売買の商品にされてしまっていた。粗末な食事しかくれないから当然のように華奢で、だから買い手がなかなかつかなくて、気がついたら炭坑労働に従事させられていた。
狭くて細い坑道で、這いつくばって掘削物を運搬する仕事だ。背の低い小さな荷車に紐がついていて、それを引っ張るようにしてひたすら穴倉を這う。坑道が崩落して生き埋めになって死ぬ奴隷も多い。幸いにして生き埋めを免れても、今度は一日の半分以上にも及ぶ長時間の重労働と、粗末な食事と、劣悪な衛生環境下で衰弱死する。僕は今、後者だ。死にかけている。
このままだったら、すぐに死ぬ。
そんな予感が確かにある。
何だか突然すぎるけれど、いきなり生前のことを思い出した。だったら、またすぐくたばるだなんて嫌だ。
さっぱり力の入らない体で起きてみる。岩の下のダンゴ虫みたいにぐちゃぐちゃとまとまって奴隷の子達はぐったりと眠っている。苦し気に呻いている子もいるし、あまりに息が細くて弱りきっているような子もいる。誰もが泥まみれで、粗末な掘っ立て小屋の隅の排泄所はしきりさえなく、地べたに少し穴を掘って垂れ流しているだけだから、排泄物の酷い悪臭も漂って、汚らしい虫がそこら中を飛び回っている。
下の子で4、5歳だろうか。年長でも10歳くらいかな。
僕はいくつなんだろう。生まれた日も、生まれてからの正確な年月も分かっていないけど年長の子より背はけっこう低い。そう言えば名前さえもない。
奴隷の子を踏まないように気をつけて、よろよろと小屋の出入り口に向かう。ドアは外から鎖を絡ませて閉められているようだった。でもボロ小屋だ。
ほとんど力の入らない体で、息を吸って、一息に肩から体当たりする。一度、二度、三度——みしみしとボロ板が悲鳴を上げ、五度目にして鎖されていたドアの向こうへと倒れるように転がり出られた。
「はあ、はあ……よし……。起きてる子はいるかい?」
外はまだ暗かった。
でも月は明るく、光が破ったドアから差し込んでいる。
「僕はここを出るよ。このまま奴隷でいたら、遠からず命を落としてしまう。生き埋めになるか、弱って死ぬか。どちらかの末路を迎えたくなければ皆も逃げるんだ。
絶対にそれで奴隷から抜け出せるかは分からないけれど、断言できることはある。このまま奴隷でいれば、僕らは虚しく死んでしまうんだ」
薄暗がりの中、身を起こして僕を見る子もいたけれど、反抗のペナルティーを恐れてか、知らぬふりをする子もいた。
僕は非力な子どもで、とてもここにいる皆を連れて奴隷を脱して人並みになるというビジョンは見られなかった。だから僕は1人で出ていく。できるだけ脱走奴隷と見つからないように藪の中へと踏み込んだ。
ふらふらとしてしまう。
悲鳴さえ上げられないほど、体が弱ってしまっている。
それでも今は一刻も早くこの場を離れて、ゆっくり休める水場を探そうと思った。綺麗な水をまずは飲みたい。腹の飢えはそれからだ。
喉が渇いている。
体が熱いし頭が重くて痛い。
水が欲しい。喉を潤したい。
一度でも膝をついてしまったら、二度と起き上がれない気がする。歩き続けないといけない。
歩くんだ。
ここで死ねない。
苦しくても、辛くても、諦めたら死んでしまいそうなんだ。
気がつけば日は高く昇っていた。ずっと歩き通していた藪を抜けて視界が開ける。なだらか丘がそこに広がっていた。その下へまた歩き出す。
遠く——霞む視界の中で小さく建物が見えた。
人の家。僕が奴隷と分かったら持ち主へ返そうとするだろうか。水の一杯だけでも恵んでほしい。
眩しい日差しの下を歩く。
人家を目指して、立ち止まっては歩を進める。
亀の歩みでも構わない、とにかく水さえもらえれば。この喉の渇きさえ癒せれば。
赤い屋根が、周囲の長閑な緑と、空の青さのコントラストで映えていた。どことなく可愛らしい——丁寧という印象を受けるお家だった。
もうあと、ほんの数十歩というところでその家から人が出てきた。大きな丸いふちのある帽子を被った女の子だった。
彼女は一体、この僕のぼろぼろの姿を見て何を思っただろう。
翡翠のような瞳を丸くして、すぐに彼女は僕へ走り寄ってきていた。駆けた拍子に帽子が飛ぶ。それを置き去りにするように走ってきていた。
そして何か呼びかけられて、体を支えられた。
ようやく辿り着いたという安堵が勝ってしまって、とうとう最後の気力が失せるように消えてしまった。
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