28.目覚め
「これまでありがとう、ダイチ」
「ここまでありがとう、ダイチ」
ケット・シーの国の門前で、俺はケット・シー達に囲まれていた。オーエンとダヒが、俺に花束を持たせてくれる。
「こちらこそ、盛大な見送りをありがとう」
どうせまたすぐ来るのに、と笑いながら花束を受け取った。
ケット・シーだけではない。復興の為にこの国に来ていたみんなが、俺を見送る為にそこに居た。
「ダイチさん、これを」
レプラコーンの一人が、オーエンとダヒの隣に来て俺に何か差し出して来る。受け取ったそれは小瓶だった。ガラスか何かで出来ている様に見える。持つとひんやりとしており、細かな細工が施され、中には液体が入っていた。
「これは?」
「薬です。これを飲むと時を遡れます。丁度ケット・シーの国が襲撃された日に戻れる量です」
レプラコーンが答える。他の妖精達は、酷く驚いた様子だった。
そんな薬があるのか、そんな貴重な物を良いのだろうか、そうざわざわと話し合っている。
「これは、妖精女王からの賜り物です。ダイチの協力と尽力に、敬意を表してとの事です」
みんなを見渡すレプラコーンの言葉に、女王の顔を思い出す。あの燃える様な瞳で、きっと今の俺を見て笑う事だろう。
レプラコーンは、再び俺を見上げた。
「これを飲むと、ダイチさんの時間がこちらに追いつくまで、夢渡りでこちらに来る事は出来なくなってしまいます。つまり、一年の間こちらには来られなくなります。一年後……我々にとっては明日ですが、それまでお別れになります」
そう云われて、俺は戸惑った。これを飲む事で、家族に心配をかけただろう一年が帳消しになる。けれど俺は一年みんなと会えなくなってしまう。それで良いのだろうか。
「……飲むべきだと思う」
俺の迷いを見透かして、オーエンがぽつりと呟いた。
「俺も、ダイチはそれを飲むべきだと思う」
続いてダヒが云う。
「だって、一年だよ! 一年も家族が心配する……そんなの、可哀想だよ」
「そうだよ、一年って、ニンゲンにとっては長いんでしょ? 大事なんでしょ?」
二人の言葉に、他のケット・シーは勿論復興部隊のみんなも、そうだそうだと云い出した。
「扉を潜ったら、それをお飲みください。それで、戻れます」
レプラコーンが云う。
「……一年経ったら、今度こそけん玉と竹とんぼを持って来るよ」
そう云うと、オーエンとダヒは、目元に涙を浮かべながらにっと笑った。
みんなを見回す。
「一年経ったら、また来ます。みんなにとっては明日だろうけど……絶対に、来るから」
俺は笑顔で見送られて、薬と花束を握り締め、金のドアを潜った。ドアを閉じるまで、みんなの声が聞こえていた。
いつもの白い部屋。そこで俺は、目を閉じてこの一年を思い返した。
「……楽しかったな」
大変だった。悲しい事もあった。けれど、それでも。楽しいと思える日々だったと思う。妖精達は陽気で、この一年の経験は俺にとってとても貴重なものだった。
だから、俺は。
「一年くらい、頑張れる」
呟いて、俺は薬を一気に呷った。途端にぐらりと視界が揺らいで――次の瞬間、俺は自室のベッドの上に居た。手には、花束と薬瓶。側には銀のナイフが転がっている。
慌てて枕元のケータイを見る。日付は、ケット・シーの国へ向かった翌日だった。時刻は朝方。
「……帰って来た」
帰って来たのだ。
俺は暫く呆然として、それからはっと我に返ると慌てて居間に下りた。既に起きていた母がその勢いに驚いた顔をする。
「おはよう、どうしたの」
「花瓶……あったっけ」
「あるけど」
物置に、と云うので、俺は二階に戻って物置を漁った。がさごそと音を立てていたら父を起こしてしまった様で、五月蝿いと怒られた。適当に謝ってやり過ごす。
「あった」
ガラスの、シンプルな花瓶。それを持って洗面所へ行き、埃を洗い流して水気を拭き、中に水を注いで部屋に戻った。後ろで、花瓶なんてどうするの、と母の声がしたが無視をした。
「これで良し……」
みんなに貰った花を机の上に活けて、俺は満足して頷いた。その横には空になった薬瓶が置いてある。ナイフは机の引き出しの中に大事にしまった。
最後に、ケータイのスケジュールで一年後に予定を書き込み、改めて居間に下りて行った。
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