夢渡り

鴻桐葦岐

0.夢

 夢。眠る時に見るそれは、人によってまた時によって様々だ。

 モノクロ。カラー。

 飛び飛びの映像。ストーリー仕立て。

 時に匂いや味すらある。

 俺は、そんな様々な夢を見る事が趣味だ。

 自分の夢ではない。他人が見る夢だ。

 そう、俺には他人の夢を見て回る事が出来る、不思議な力があった。

 眠ると決まって幾つかのドアがある部屋に居て、そのドアを開けると他人の夢に繋がっているのだ。その夢から出たい時は入って来たドアから出るだけで良い。

 子供の頃、俺は夢を見ると云うのはみんなこう云うドアが幾つもある部屋に居て、適当なドアを開けてその日の夢を見るのだと思っていた。しかしある時ふと気付いた。どうやらそうではないらしいと。そして俺が見ているのが他人の見ている夢だと分かったのは、中学の時だった。

 その晩、俺はいつもの様にドアのある部屋に居た。そして適当なドアを開くと、同級生が人気のグラビアアイドルとセックスをしていたのだ。俺は見てはいけないものを見てしまったと思って慌てて背後のドアから最初の部屋に戻った。心臓が暫くばくばく云っていて、俺はドアを背もたれに膝を抱えた。気持ちが落ち着いた頃、俺は目を覚ました。まだ夜中だったが、寝直す気にはなれなかった。

 朝になって学校へ行くと、件の同級生がにやにやとしていた。そいつと仲の良い何人かが、何かあったのかと声をかける。件の同級生は声を潜めて、

「夢に××が出て来てさ~」

 と、嬉々として語っていた。それを盗み聞いた俺は、ああ、あれは他人の夢なのだ、と理解したのだった。

 時々どうしようも無い悪夢を引く事もあれば、あの時の様にえろい夢を見る事もあった。脈絡の無い映像が途切れ途切れに流れる夢もあったし、きちんとストーリーになっている夢は映画でも見ている様で面白かった。大抵の夢は音と映像だけだが、稀に匂いや味すら感じられる夢もあって、そう云う時は夢の主に見付からない様にこっそり夢に出て来る菓子を摘まんだりもした。

 夢を渡り歩くのは楽しかった。気付けばそれを趣味としてから何年も経ち、俺は高三になっていた。夢の中では酒も煙草も経験していたので、ちょっと悪い奴を気取っている同級生達の様にわざわざリスクを冒してまで現実で経験する気にはならなかった。

 その日は十八歳の誕生日だった。俺の進路は就職に決まっていて、しかし大学に進学する奴らが羨ましかった。金銭的な事情で就職せざるを得なかったし、正直云って頭もそんなに良くなかったので当然の選択ではあった。けれどやはり、もうあと四年青春を謳歌出来る奴らが妬ましかった。

 それでも俺には夢があったから、他の就職組みよりはきっと楽しい人生を送れるだろうと思った。怖い夢だって、ホラー映画でも見ていると思えば悪くはない。

 さあ、今日も人の夢を覗き見てやろう。

 そう思って眠りについた。

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